5 夏休みの約束

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 唐突に放たれた若葉の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。まさかそんな提案をされるとは思いもしなかったので、ぽかんと口が空いてしまう。 (これって……デート、ってことだよな?)  頭の中を様々な思考が駆け巡り、うまく言葉が出てこない。聞き間違いではないかと思ったが、彼女の真っ直ぐな瞳と視線が絡まる。どうやら俺の願望が聞かせた幻聴ではないようだ。 「あっ、えっと! いきなり変なこと言ってごめん! その……」  俺が答えあぐねていると、若葉は慌てた様子で両手を顔の前でぶんぶんと振った。 「今、スランプで、うまく絵が書けないの。夏休みが終わったら文化祭でしょ? それに出す作品になかなか手がつけられなくて。予備校の先生に相談したら、普段遊ばない子を誘って遊びに行ってみたら、普段とは違う視点で世界が見えるから、アイディアが浮かぶんじゃない? って言われたの……」 「……なるほどな」  若葉の言わんとしていることは理解した。確かに、普段の環境と異なれば見えるものも変わるだろうし、インスピレーションを得るための一つの方法ではあるだろうと思う。  とはいえ、若葉の交友関係をあまり知らないため断言はできないが、もっと適任な奴がいるのではないだろうか。頭の中でクラスメイトの顔をいくつか思い浮かべてみるものの、脳裏に鈍色のざらりとした感情が浮かんで、俺はそれを振り払うように小さく首を振った。 「んで、俺と一緒にってこと?」 「うん」 「いや……なんで俺なんだよ。他にいるだろ」  動揺のせいか、声が少し上擦った気がした。彼女を前にしどろもどろになってしまう自分が情けなかった。俺がその誘いを渋っていると感じたのか、若葉は慌てた様子で言葉を並べる。 「雪也くんとだったら、いいアイデアが出そうだなって。だから……だめ?」  上目遣いで見つめられ、心のネジがパチリとひとつだけ飛んだ気がした。若葉の大きな瞳が不安げに揺れるのを見遣り、俺はぐっと息を詰まらせる。 「お願い! 夏休みのうち一回か二回ぐらいでいいから!」
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