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両手を合わせながら勢いよく頭を下げる彼女の姿は真剣そのもので、俺は小さくため息をつく。ここまでされて断るのは流石に気が引けた。俺自身も彼女と過ごす時間が増えることは嬉しいし、彼女の力になれるのなら協力したいという気持ちもあった。
それに、クラスメイトにこんな表情で懇願されて断れる人間がいるのだろうか。少なくとも――俺には、無理だった。
「……わかったよ」
「本当⁉」
俺の返事を聞き届けた途端、若葉は勢いよく顔を上げた。ぱっと華やいだ表情が眩しくて、直視できずに目を逸らしてしまう。自分の頬が先ほどよりも熱を持っているような気がしてならない。それは夏の日差しのせいだと思いたかったが、きっと違うのだろうと思う。
「じゃあ、連絡先教えてくれ」
「うん! ありがとう雪也くん!」
俺がスラックスのポケットからスマホを取り出すと、若葉もまたバッグの中から自身のスマホを取り出して操作を始める。短く切られた爪と細い指。きらきらとした光を宿した長いまつ毛が瞬きの度に揺れる。
「インスタで繋がろ!」
教室内で何度か目にした光景に俺は小さく息を止めた。ここ数年は写真投稿を中心としたアプリのダイレクトメッセージで仲を深め、メッセージアプリの連絡先を交換する……というのが主流らしいのだが、高校に上がって新たな友人が作れなかった俺はそれをダウンロードしたことがない。直にメッセージアプリの連絡先を教えてほしいと伝えるのは気が引けるが、かといって今から別のアプリをダウンロードするというのもなんだか気まずいものがある。
「俺……ラインしかやってない」
「え? あ、そうなんだ?」
俺の言葉に若葉は意外そうな表情を浮かべたが、それ以上深く追及してくることはなかった。そのことに内心安堵すると同時に少しの罪悪感を覚える。
若葉は慣れた手つきでメッセージアプリを開き、俺に向けてQRコードを表示させた。それを読み取ると、アイコンには校舎の屋上で撮ったであろう制服姿の若葉の後ろ姿が設定されており、図らずも口元が緩んでしまう。
「なに笑ってるの?」
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