5 夏休みの約束

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「なんでもない」  俺は慌ててスマホをポケットにしまい込んだ。まさか若葉の後ろ姿に見惚れていたとは言えず、誤魔化すように咳払いをする。そんな俺の様子を不思議そうに見ていた彼女だったが、特に気にすることもない様子でスマホを鞄の中に仕舞いこんでいく。 (なんか……不思議な感じだな)  今まであまりクラスメイトと交流がなかったせいか、こうして連絡先を交換するのも初めてのことだ。正直なところ、俺は今自分がどれだけ舞い上がっていて、どんな顔をしているのかも分からなかった。 「行けそうな日があったら早めに連絡するね。今月はオープンキャンパスとかがあるから、たぶん八月に入るくらいには行けると思う!」 「わかった。俺は今年バイト行かねぇから、基本、いつでも大丈夫」  俺はできるだけ平静を装いつつ返事をするが、心臓の鼓動は耳の奥で鳴り響いているくらいに大きな音を立てていた。平常心を意識するほどに余計に気恥ずかしくなってくるが、もう今さらどうしようもない。 「夏休み、楽しみだなぁ」  小鳥が歌うような声音で若葉がぽつりと言葉を落とすと、間を置かず少し先の校門に立っていた二人組の女子生徒が若葉に向かって声を張り上げた。 「若葉~!」 「あんた今日日直じゃなかった~?」 「あぁぁっ‼ 忘れてたぁあああ! 雪也くん、またねっ」  彼女たちの呼びかけにはっと目を瞬かせた若葉は、慌てた様子で俺に手を振り校舎へ駆け出していく。嵐のようにやってきて、あっという間に過ぎ去っていったその背中をぼんやりと見つめ、俺は小さく手を振り返した。
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