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若葉は急に黙り込んでしまった俺に気が付いたのか、少し眉尻を下げてこちらを覗き込んできた。
「どうしたの?」
「……いや。ちょっと喉が詰まっただけ」
「そっか。この時期、黄砂とかもひどいもんね」
さらりとした声音は、快活そうな彼女の見た目に調和していて、ひどく心地よい。第一印象通り彼女は話しやすくて、そしてころころと表情を変えていく人間だった。その変化をもっと見ていたいと思う反面、この症状のことをあまり他人には知られたくないという心理が働いて、彼女と距離を取ろうとしてしまう自分がいる。
「雪也くんっていつもこの時間に帰るの?」
俺みたいな奴と話してくれるのは、きっと彼女が優しいからなのだろう。正直あまり好ましくない態度で接してしまったのに、彼女はそのことを全く気にする様子は見せない。
「まあ……大体」
俺はそう短く声を返した。普段から一緒に登下校をするような友人もいないし、部活にも入っていないので、必然的にこの時間帯になる。靴を履き替えて昇降口を出ようと歩き出すと、若葉もそれに続いて俺の隣に並んだ。
「そっか。いつも誰と帰ってるの?」
若葉はそう言いながら、俺の顔を覗き込むように見上げてくる。今日は特に結われていない彼女の長い黒髪がさらりと揺れて、薫風にさらわれたその毛先が鼻先を掠めた。どくりと鼓動を刻んだ心臓に気が付かないふりをしながら、俺は視線を逸らして答えた。
「別に……一人で帰ること多いけど。その、お前は今日は部活行かねぇでいいのかよ」
女子と隣合って歩くことに慣れていないからか、なんとなくどぎまぎしてしまう。俺が少し詰まりながらもそう返せば、若葉は少しだけ苦笑いに近い表情を作った。
「あ、うん。明日校内模試があるでしょ? だから、三年生はお休み」
「ふぅん」
若葉に倣うように靴を履き替えて昇降口を出れば、桜が散り始めた校庭には下校する生徒が多く見られた。花壇に植えられたパンジーやチューリップも色鮮やかで綺麗だ。
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