1 桜舞う日

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 まだ少し肌寒さは残るものの、柔らかな春の陽ざしが頭上から降り注いでくる。若葉の背中に流れる黒髪やプリーツスカートの裾がふわりふわりと揺れている様子が視界の端に映り込む。ふいに甘い花のような香りが漂ってきて、なんだか落ち着かない気持ちになってしまった。それを誤魔化すように俺は軽く咳払いをした。  桜の絨毯を踏みしめながら門の方へ向かって歩いていく途中、門の方から「あ!」という明るい声が聞こえてくる。 「若葉! 今から帰り?」  声のした方に視線を向けると、そこには近隣の進学校の制服を着た二人の女子が立っていた。一人は黒髪のロングヘアで、もう一人は茶髪のボブカット。先ほどの親しげな様子から、若葉とこの二人はどうやら知り合いらしい。小学校、あるいは中学校が同じだったのだろうか。 「あ……うん」 「じゃ、一緒帰ろ!」  彼女たちに声をかけられた若葉はわずかばかり戸惑いながら、俺の方をちらりと見遣った。流れで一緒に帰っているから気を遣ってくれているのだろう。俺はその視線に応えるように軽く手を挙げてみせる。 「俺、帰る前に寄るところがあるから」  そう口にしてから、あまりにもぶっきらぼうな言い方になってしまったような気がして、少しだけ後悔した。けれど若葉はそんな俺の物言いにも気を悪くする様子は無く、小さく手を振ってくれた。 「じゃあ、またね」 「ん」  俺が軽く手を挙げてみせると若葉は嬉しそうに笑い、そのまま二人に合流するべく走り出した。若葉のその軽やかな背中を見送りながら、俺は細く長い息を吐いた。  普段ならこのまま帰り道を一人で歩いて帰るだけだというのに、今日はなぜか彼女の去りゆく後ろ姿が心に小さな隙間風を吹かせたような心地だった。
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