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2 意外な誘い
三年に進級したからといって特に変わったことも無く、ただ淡々と月日だけが過ぎていった。五月に入って開催された体育祭は例年と同じように運動部の連中が活躍していたし、部活動をしている連中は最後のインハイ地区予選に向けてピリピリムードだが、帰宅部である俺にはそれらはまったく関係のない事柄だった。
若葉と同じクラスになったものの、始業式の日に席替えが行われたので席が隣だとかそういうこともなく、毎朝友人たちと登校してきた彼女と昇降口で挨拶を交わす程度。美術コースを選んでいる彼女は造形やデッサンといった専門科目を選択しているので、同じ授業を受講する機会も少なく、現状の俺と若葉はただのクラスメイトで、ただの顔見知りなだけだった。
彼女の周囲には休み時間や放課後問わず、いつも誰かしら人がいた。あまり人と関わるのが得意ではない俺にとっては、若葉の明るさと人懐っこさが少し羨ましくも思える。
「昨日のドラマ観た?」
「あれでしょ? 最後のあのシーン、めっちゃ泣けた!」
若葉の周りには当然のように人が集まってくるし、いつもそこには笑顔が溢れている。そして今日も、彼女はいつもと変わらずクラスメイト数名に囲まれている。俺はただそれを遠くから見ているだけ。
「あーっ!! 五限目の世界史の教科書忘れちゃった~っ!!」
「も~。若葉なにやってるのぉ~」
「今朝まで覚えてたのにぃ。いいもん隣のまりちゃんに借りてくるっ」
「いってら~」
「若葉ったら相変わらず抜けてるんだから!」
そんな彼女は、どうやら次の授業で使う教科書を忘れたらしい。頭を抱えた若葉がガタリと席をたち、パタパタと廊下を駆けていく。たなびくスカートの裾を視界の端で眺めながら、俺は小さく息をついた。
(友達……多いんだな)
別に、嫉妬をしているとかそういうわけではない。ただ少し、彼女との距離を感じてしまうだけだ。彼女は俺が持っていないものをたくさん持っているから。
俺はきっと、彼女のようにはなれない。人と関わるのが怖い――だからいつも一歩引いてしまうし、本音を隠して当たり障りのない言葉ばかりを紡いでしまう。
(……いや、別にあいつと友達になりたいとかそういうわけじゃないけど)
そんな言い訳じみた言葉を心の中で繰り返しながら、俺は五限目の世界史の授業で使う教科書で顔を覆い隠すかのようにして机に突っ伏す。
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