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別に悪いことをしたわけではないのに、なんだか気恥ずかしい。そんなむず痒さのようなものを感じながら、俺は机の上に教科書を広げた。
視界の隅に彼女が黒板の黒板の文字をノートに書き写しているのが映り込む。時折こんな不審な態度を取ってしまっているものの、それでも彼女は以前と変わらない様子で俺に接してくれている。
ただひとつ、この二ヶ月で変わったことがあるとすれば、それはきっと――俺自身がこうして彼女を目で追うことが増えたとこと、くらいだ。
***
「あ」
「……あ」
昇降口の靴箱に手を伸ばした瞬間、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。目の前の若葉も驚いたように目を丸くしながらぱちぱちと数回瞬きをした後、はにかむように笑った。
「雪也くんも、今帰り?」
「……まあ、な」
俺はそう短く返事をしてから、自分の靴箱の扉をゆっくりと開いた。上履きからローファーに履き替えつつ、視線を足元に落とす。
「私も今帰るところなんだ」
「……部活は?」
「来週実力テストだから、今日からみんなお休み~」
靴を履き替えて顔を上げれば、若葉は手にしている鞄を肩にかけ直しながらこちらを見つめていた。その双眸がどこか嬉しそうに細められるものだから、俺は咄嗟にふいと視線を逸らしてしまう。なんだか気恥ずかしいような、それでいて居たたまれないような、形容しがたい妙な感覚が胸の奥でぐるぐると渦巻いている。それらを振り払うように小さく咳払いをしつつ、手に持った上履きを下駄箱に押し込んだ。
「この前図書室で勉強してるの見たから、放課後はいつもそっちに寄ってから帰るのかと思ってたの。だから今日はちょっとびっくりしちゃって」
まさか、誰かに図書室で自習をしている様子を見られているとは思ってもおらず、俺は僅かに息を呑んだ。児童養護施設に保護されている俺は、放課後は図書室で勉強をしてから帰ることが多い。施設ではまだ幼い子どもたちに囲まれ、遊び相手をしたり宿題を見てやったりするので、俺自身が勉強する時間がなかなか取れないのだ。
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