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 外は新緑の季節を迎え、青々とした緑が眩しい。並木道の木漏れ日の下を歩きながら、ユズは足が向くままに進んでいく。  自宅マンションのある坂を下り、普段よく行く大型スーパーの前を横切り、さらに奥の住宅街を歩く。遠く、体育の授業の号令や生徒のかけ声が聞こえ、どうやらアキの職場である学校の近くまで来たことに気づいた。 「今日の研修、アキくんの学校のホールでやってるんだっけ……」  内容は詳しく知らないが、アキの学校はホスト校だそうで、学校技術員であるアキでも色々と駆り出されるらしい。  普段家にこもって仕事をしているユズから見れば、アキの仕事は人と多く接するので大変な仕事だと思う。その上、様々な技術と知識を要し、体力もいる。そんな彼が今日は一張羅のスーツを着ているのだと思うと、少し見てみたい気もした。  ユズは学校の敷地の裏側、研修会が行われていると言うホールのある方へ回り、アキの姿が見えないかとフェンス越しにのぞき込んでみた。生徒や教師が行きかうのは見えるが、アキらしい人物の影は見えない。 「流石に見えないかな」  自分の思い掛けない野次馬的なところに苦笑しながら呟いた時、遠く、ホールへ通じていると思われる外廊下のところをアキらしい背格好のスーツ姿の男性が歩いて行くのが見えた。その距離はざっと二メートルほどで、声をかければ聞こえなくはない気もする。  ユズは、誰も周囲にいないことを確認して、「アキくん!」と、口を開きかけた。もし彼が、自分が来たことに気づいたら、きっと喜んでくれる気がしたし、それにより自分も少しは気分が晴れる気がしたからだ。 「アキ……」 「笹井さぁん、お茶って余りどこにありましたっけー?」  聞き覚えのある、それでいてユズの神経に障る甘えた声に、ユズは口をつぐむ。ユズの前を、あの忌々しさを思い起こさせる小柄な影が、アキの方へと駆けて行く。一瞬、その影はこちらを見て嗤っていたようにも見えた。  向けられた笑みにユズが凍り付いていると、その声の主はごく当たり前のようにアキの肩に触れる。ユズはその光景に目を見開き息が停まるかと思った。 「えー? お茶は事務室になかったか?」 「なかったんですよぉ。全部持って行っちゃいました?」 「いや、そのはずはないんだけどなぁ……俺が見てくるわ。涼真は会場のイス、チェックしといて」  そう言って秋から涼真が離れてホッとしている間に、アキが校舎の中へと消えていく。その姿を目で追っていると、「なにしてんの、こんなとこで」と、刺々しい声がした。振り返ると、フェンス越しのすぐ傍に涼真が腕組みをしてこちらをにらんでいる。  初対面に続いてまたしても挑発的な態度を取られ、流石のユズもあからさまにムッとした感情を顔に出してしまう。 「あんた部外者だろ。不審者だって通報するよ」 「ただ通りかかっただけだよ。それに、アキく……彼は、俺の家族みたいなもんだし」 「家族? あんたって笹井さんの何なの? 親戚、じゃないよね?」  苛立ち紛れに、つい、口にしなくても良いことを口走ってしまい、ユズはすぐに悔やんだが、遅かった。耳ざとく涼真に言葉が拾われ、突き付けられる。  アキは、職場にユズとの関係をほぼ明らかにしていない。一緒に住んでいる恋人がいる、とは言っているようだが、それが男だとは言っていないはずだ。それを、アキの許可なくユズが明かしてしまったも同然の状況になってしまった。  しまった……ユズが失言に血の気が引くような想いをしながら呆然としているのを、涼真が鬼の首を獲ったかのような笑みを浮かべてこちらを見ている。 「ふぅん……あんたと笹井さんって、やっぱそういう仲なんだぁ……」 「べ、べつにいいだろ。君に迷惑をかけているわけでも、職場に迷惑をかけているわけでもないんだから」 「まあね、そういうのは個人の自由だからね」  じゃあ放っておいてくれ、と、言い返そうとした時、涼真は薄く笑いながら更にこう言い放った。 「個人の自由だから、僕が笹井さんのことをどう想おうと自由、でもあるよね? ユズさん」 「それってどういう……!」  涼真の言葉の真意を聞こうとした時、ホールの方から涼真を呼ぶ声がし、「はーい、いま行きまーす」と、涼真が大声で応える。そうしてちらりとこちらを見やり、挑戦的に片頬をあげて踵を返して去って行く。その後ろ姿に、ユズは何一つ言い返せず、呆然と立ち尽くしていた。
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