*9 ようやく告げた途端に現れる邪魔者

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*9 ようやく告げた途端に現れる邪魔者

 五月の大型連休を過ぎた辺りから、ユズの許には妹・はるかから頻繁にメッセージが届くようになった。内容は主に、帰省して父に会いに来られないか、というものだ。  最初こそ仕事の予定が詰まっていたのでそれを理由に断っていたが、仕事の合間に父の病気について調べたことにより、残された時間が思っているよりも短いのではないかと気づかされ、いよいよ帰省することを決めないといけなくなってきていると言える。 (普通、やっぱり帰るべきなのかな……でも、帰ったところで、あの父さんが心変わりしているとは思えないし……)  親不孝だとか心残りをさせないでやるべきだとか、色々な意見をネット上で読み漁っていく内に、ユズは自分がどうしたらいいのかがわからなくなっていた。 「はー……どうしようかなぁ……」 「そんなに、夕飯のメニュー迷ってるの? それとも小説の話?」  久々にアキと馴染みのカフェ・ベージーズでランチを食べていた最中(さなか)でも、ユズは帰省するかどうかを考えていたようだ。つい口を突いて出た独りごとに、アキが心配そうにしている。  アキの言葉にユズは我に返り、慌てて首を横に振って微笑み返してみるものの、アキの表情は晴れない。 「なんでもない。ちょっと、考え事してて」 「ちょっと、なの? なんか眉間のしわ、すごいけど」 「え、嘘」  指摘されて思わず顔面に触れていると、「ちょっとだよ、ちょっと」と、アキが苦笑する。  からかわれたのだと気付いたユズは、少しムッとして食べかけていたキッシュをまた食べ始めるも、内心はアキに悟られていないと思いホッとしていた。  ひと口二口ユズが食べ進めていると、「あのさ、」と、アキがまた声をかけてくる。顔をあげると、アキがいつになく真面目な顔をしてこちらを見ていた。あまりに真っすぐな眼差しを向けられていて、思わず怯みそうになる。 「なに? 俺の顔、何かついてる?」 「ん……いや、なんかユズ、最近すごく、無理してない?」 「え、そう……かな……」  そんなつもりはないのだけれど、言うようにユズはあえてキッシュを大きなひと口に切って頬張ってみせたのだが、アキは納得したような顔をしていない。寧ろ心配を煽ってしまったようで、悲し気な感情をにじませた顔をしている。  ああ、これは真面目に言っているんだな……と悟ったユズは、手にしていたカトラリーを置き、姿勢を正した。 「俺、そんなに無理して見える? まあ、この前まで締切りはあったけど……」 「仕事での無理って言うより、なんて言うのかな……なんか、俺に黙ってることがない?」  アキは時々、全てを見透かしたようなことを口にする。特に、ユズが密かに内に鬱積(うっせき)させているような事を、スプーンで掬い取るように見つけてくれるのだ。そのひと匙が、いまユズに差し出された気がした。  温かなスープをひと匙分け与えるように、アキがユズに想いを差し出している。ユズはそれを、心の奥に飲み下していくように口を開き、ぽつりと告げた。 「……父さんが、がんで……もって、あと、半年もないんだって、言われたんだ」  うつむきながら告げたユズの言葉に、アキが息をのんだ気配がした。  きっと思ってもいないことを訊いてしまったと、アキは後悔しているかもしれない。もっと何か軽い内容だと思っていたのに、まさか親の余命宣告の話だなんて。  口を突いて出た言葉は取り消せないし、告げたことは事実である以上、嘘とは言えない。でも、ユズは猛烈に後悔していた。飲み下した想いが、途端に後悔に引っ張られて重たくもたれていく。  賑やかなカフェの店内のここだけが切り取られたように沈黙している。どう、このあとの空気を換えていけばいいのだろう。促されたからと言って、容易に口にしなければ良かった。ユズがうつむいたまま泣きそうになっていると、小さく鼻をすする音がした。  驚いてユズが顔をあげると、アキが真っ赤な顔をして涙をこらえていたのだ。 「アキ、くん……? どうしたの?」 「だって、俺……ユズがそんなツラい事言えないくらい、頼りにならないんだなって思ったら、情けなくて……ごめん、俺、全然気付けてなかった……傍に、いるのに……」 「いや、でも俺だって言ってなかったし……」 「でも、言わなくていいやって思ったんでしょう?」  アキは何も悪くない、と言おうとしたのだけれど、アキが言いたいのはそういう事ではないのだろう。パートナーとして、家族として、自分に打ち明けてもらえなかったのは、自分が不甲斐ないせいだと思っているから、アキは自分が情けないと悔やんでいるのだろう。  ユズは決してアキを情けないから打ち明けなかったわけではないつもりだが、自分と父との確執にアキが逃げ出すかもしれないと思っていたのは事実だ。それはつまり、彼のことを頼れない存在だと判断していたとの同意である。 (――俺、またアキくんを傷つけちゃったんだ……)  ようやくそう思い至れたユズは、唇を噛んで自分がしたことを悔やんだ。 (俺、アキくんにとんでもないことを……)  アキとユズでそれぞれ違う色味の後悔に呑み込まれながら、休日のカフェで重たい沈黙に包まれていた。
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