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*9-2
周囲の目が気になったので、ベージーズを出たふたりは、落ち着いて話せる場所を探して歩きまわっていた。
汗ばむような初夏の日差しを浴びながらも、アキもユズも何も言葉を交わさず、手もつながず、微妙な距離感を保ちながら歩く。
アキを傷つけてしまった後悔で、彼にどんな言葉をかけてあげればいいのかがわからない。何を言っても、裏目に出て言い訳がましく聞こえてしまいそうで、言葉が出てこないのだ。
「ああ、あそこに座ろうか?」
そう、少し前を歩くアキが小さな公園のベンチを指して言った。ユズはそれにうなずき、そばにあった自販機でそれぞれ飲み物を買ってベンチに並んで腰を下ろす。
見覚えのある小さな花壇と、ベンチにユズがおや? と思っていると、「懐かしいよね」と、アキがぽつりと言った。
「ここでさ、俺、ユズの実家に行こうって言ったんだよね。憶えてる?」
「そうだったね。うん、懐かしい……」
いまから三年ほど前の晩秋に、コスモスを見ながら実家の話をしたのを、昨日のように思い出す。あの時のことがなかったら、きっとユズはいまでも実家に帰っていなかっただろうし、父と本音でぶつかり合うようなこともなかっただろう。
(でもだからって、わかり合えたわけじゃ全然ないんだけれど……)
あの時から、何か変わったのだろうか。自分も、父も、やはりずっと変わり切れていない気がする。そしてそのまま、もう顔も会わさないのだろうか。
「お父さん、そんなに悪いの?」
懐かしむ間もなく、アキが本題を切り出す。ユズはひと口手許のジュースを飲んでうなずく。
「うん……膵臓のガンで、ステージ四だって」
「そんな……大変、だけじゃすまないじゃんか……」
「そうだね……母さんやはるかはそうだと思う。俺は、全然何も……」
「会いに、行かないの?」
来るだろうと思った言葉に、ユズは喉が詰まったように言葉が出なくなる。
考えていないわけではない。でも、ひとりで行くのは怖くもある。だから、アキについてきて欲しい。そう告げて、彼がうなずいてくれるのかどうかもわからず、怖い。
ユズがギュッと手許の缶ジュースを握りしめ、逡巡の末顔をあげた時、「あれ? 笹井さんだー」と、馴れ馴れしくアキを呼んで近づいてくる気配がした。
なんで、こんな時に――ユズはタイミングの悪さを呪いたい気分で声の方に振り返った。
「なにしてるんです? あ、デート?」
「ああ、まあ、そんなとこだよ」
突如現れた涼真に、アキが曖昧に笑いながら答えていたが、ユズは心中穏やかではない。いままさに、というタイミングで現れた邪魔者に胸ぐらをつかんで突き飛ばしたい気持ちすらしていた。
「てか、涼真、このことは職場のみんなには……」
「わーかってますよぉ。僕そんなデリカシーないやつじゃないですからぁ」
アキのベンチの隣に座りそうな素振りさえ見せてくる、涼真の図々しさはどうなんだ? と問い詰めたい気分でにらみ付けるユズを、涼真はせせら笑うように視線を投げてくる。
どうして彼は、こうも自分たちの関係をかき乱すのだろう。アキは気にするなという風には言うけれど、これが気にならないわけがない。現に、先日だってあからさまな挑発を受けたのだし。
もう、限界だ……そう、ユズが胸中で呟いた次の瞬間、ユズは立ち上がって涼真を突き飛ばしていた。
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