*11 不安で毛羽立つ心、想いを伝えるのための帰省

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*11 不安で毛羽立つ心、想いを伝えるのための帰省

 公園での一件のあと、アキとユズは連れ立って歩きながら家に帰った。手は繋いでいなかったが、隣り合っているだけで安堵感があり、ユズは随分穏やかな気分でいられたのだ。  夕食も穏やかに済ませ、とりとめのない会話をして過ごせたのだが、ふとした弾みに、涼真の言葉が蘇り、手が停まってしまう。自分は、本当にアキをちゃんと愛せているのだろうか、と。  それでも何でもない風に取り繕うとスマホをいじっても、目に入ってくるのは実家からのメッセージで、穏やかに均されていたはずの心が、毛羽立っていきそうになる。まだどこか、彼を許せていない自分がいる気がしてしまう。 「ユズ? 大丈夫?」  いつの間にかアキは風呂から上がっていたようで、洗い立ての髪をタオルで拭きながらユズの方を見ている。  ユズは大丈夫と答える代わりに微笑もうとするのだが、上手くいかない。弱く笑っただけで、唇が震えて泣きそうだ。 「大丈夫……俺もお風呂、入ってこようかな」  一瞬揺らいだ視界を誤魔化すように手を宛がいつつ立ち上がってアキに背を向けたのだが、それ以上歩き出せなかった。それはユズの頬に涙が伝ったからでもあったが、アキがユズの手を掴んで引き寄せていたからでもある。 「まだ何か、不安?」 「……少し」  耳に寄せられた唇に吐息交じりに訊ねられ、ユズが小さく答えると、「じゃあそれ、いま全部言っちゃいなよ」と、アキがやさしく誘う。  やさしいいざないに乗るように、ユズの目からは涙があふれてくる。頬を伝い、いつの間にか背後から抱きしめてくるアキの腕に降り注ぐ。あたたかなアキの腕の中は、いつだってユズを無防備な心にしていく魔法があるようだ。 「俺、ちゃんとアキくんを愛せてる? 父さんとのこともちゃんと言わないし、涼真くんとのこともヘンに引っ掻き回しちゃうような嫌な奴じゃない?」 「ユズ……」 「俺、ちゃんとアキくんのことも自分のことも許せるかわからない」  子どものような言い回ししかできない自分に呆れてしまうが、涙にぬれた唇ではそれだけの言葉しかつむげない。拙い言葉を差し出して問うしか、いまのユズにはアキの心を確かめるすべがない。きっと心が無謀になっているからだろう。  ユズの言葉に、アキは小さく微笑み、頬を伝う雫に唇を寄せて答える。 「俺、ユズにいっぱい愛されてると思ってるよ。それに、お父さんのことが言えなかったことも、涼真のことも、ユズひとりが悪いわけじゃない。タイミングとか、俺の気持ちが向き合えていなかったとか、そういう色々のせいでもあるんだから。さっきも言ったけど、許す許さないじゃないよ」 「そうなのかな……でも、ケンカみたいになっちゃったじゃん、この前」 「それこそ、俺がちゃんとユズに向き合えてなかったってことだもの」 「でも、アキくんだけのせいじゃないよ」 「うん、だからこれはもうお相子だよ。ふたりとも悪いし、どちらも悪くない」  そうでしょ? と、問いかけるようにアキがユズを覗き込み、ユズは潤んだ目許をそのままにうなずく。ようやく、色々な引っ掛かりが解け、ユズのお腹の中へ落ちていく。紅茶に溶ける砂糖のように、ゆっくりと広がっていく安心感に、ユズは先程まで流していた切なさや痛みを伴った涙とは違ったものをこぼす。  ユズがそっと身を捩り、アキと向かい合う。アキもまた泣き出しそうなやさしい顔で微笑んでいて、そっとユズの濡れた頬に口付ける。 「俺、アキくんを好きになれて、良かった」 「うん、俺も、ユズを好きになれて良かったって思ってる。それを、お父さんにちゃんと伝えに行こう。俺らは、一緒にいることがしあわせなんだって」  アキの言葉にユズの表情が少し曇り、「……父さん、会ってくれるかな」と、不安げに呟く。昼間自分から言いはしたものの、会いに行くことに全くの不安がないわけではないからだ。  いつまでも父親は怖いなんて、情けなくて子どもみたいだ……改めて自分の不甲斐なさを痛感するユズに、アキは励ますように後頭部や首筋のあたりを撫でる。 「大丈夫。会いに行こう。行かなきゃ後悔するからって決めたんじゃん」 「うん……そうだね」  完全にわかり合えないかもしれない。でも、何もしないまま二度と言葉を交わすことすらできなくなってしまうのはあまりに悔やまれる。好きと嫌いでわりきれない、言葉にならない関係がそこにはある。 「めんどうくさいね、親子って」 「うん、そうだね。きっと血の繋がりってそういうものなんだよ」  苦笑し合いながら呟いて、ふたりは強く抱きしめ合う。ふたりの決意が揺るがないように、刻み込むように。  夜の中に浮かぶ明るいダイニングで、ふたりはほんの少しだけ抱き合って泣いた。
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