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*エピローグ
うだるような暑い夏の終わりに、ユズの父は帰らぬ人となり、父の遺志により葬儀にはアキも参列し、ユズは喪主を務めて故人を送り出した。
初七日の法要が済むまでの間、ユズは実家に留まったりしていたが、それも秋になる頃には終え、日常を取り戻しつつある。
父の形見にと実家から持ち帰った腕時計は、いまはユズの仕事机に置かれている。元持ち主の父のものらしく、時計は狂いもなく時を刻み続けている。
「お彼岸ってどうするの?」
残暑も過ぎて朝夕に涼しさを感じるようになったころ、不意にアキからそう訊かれた。世間はシルバーウイークとやらでレジャーの話題が多いが、その頃は秋の彼岸であるからだ。
休日の遅い朝食中に訊ねられたユズは、トーストのバターを塗っていた手を停め、しばし考える。
「どうしようかなぁ……葬儀とかでいろいろスケジュール無理しちゃったから、原稿がちょっと……」
「ああ、そうかぁ……でもさ、最初のお彼岸だから帰って来いとか言われない?」
「んー……いまのところはそんなには。でも言われるかもしれないなぁ」
初めてのお彼岸、納骨を済ませたばかりの墓前に参るのが筋かもしれないが、そう頻繁に帰省できるほどの余裕がユズにあるわけではない。それに、世間は行楽シーズンで交通費がかさみそうでもある。
そんな話をしていると、アキが何かを思いついたように声をあげ、ユズにこう提案してきた。
「じゃあさ、今度は高速バスで行こうよ。それなら安いし」
「行こうよって、アキくんも行くの?」
まさかアキまで墓参りに来てくれるとは思っていなかったので思わずそう言うと、アキはムッとした顔をして唇を尖らせる。
「俺はユズのパートナーだよ? お父さんだって認めてくれたようなもんなんだから、ふたりで挨拶行かなきゃ」
そうでしょう? と、幼子に言い聞かせるように、人さし指を立てて説いてくるアキの姿がなんだかおかしくて、ユズはくすくすと笑ってしまう。しかし同時に、とても嬉しく思っていた。やはり、アキは自分にとって最高のパートナーだな、と。
「うん、じゃあ、今度は高速バスで行こう」
「交通費浮かせてさ、何か美味しいもの食べようよ」
「え~? それじゃあ浮かせた意味なくない?」
少しだよ、とアキが肩をすくめて笑うので、ユズはそれ以上文句が言えず、「じゃあ、少しだけね」と、つい、甘い顔をしてしまう。そうすることでアキが嬉しそうに笑うのがわかっているからだ。
「お墓、郊外だったよね?」
「うん、車で行かなきゃなんだよね。はるかに借りようかな」
「いいね。それならドライブがてらどこかに寄ってもいいね」
「お墓参りがメインだよ、アキくん」
「いいじゃん、少しだけ」
おどけたように先程のユズの言葉を口にするアキにユズは目を丸くし、くすくすと笑う。
そうして分かち合うひと時の愛しさを感じながら、アキとユズは今日もふたり寄り添って生きていく。この先もずっと、ふたりで時を刻みながら。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー。あー、美味しかった」
分かち合った料理を一緒に味わったあとは、ふたり並んで片付けをする。いつも光景にアキとユズは溶け込みながら、今日一日の予定を話し合う。交わす言葉はどれも甘くやわらかく、いつまでもお互いをやさしく包むふたりの愛情のように漂っていた。
(終)
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