雨上がり

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雨上がり

 雷鳴が響き、篠突く雨が降る。その雨の中を笠を被り馬に乗った侍と従者が来た。承平門は馬に乗っても通れる。だから、その侍もそのまま宮の中に入っていく、そう馬富は思っていた。  だが……侍は門の前でひらりと馬を降りた。  笠のせいで、その侍の顔はわからない。馬富は何者だろうと相方の門番と視線を合わせた。  侍が笠を取り、声をかけてきて。 「其方か? 砂川承門部馬富というのは」  馬富はギョッとした。 「だ、大湖首様!?」  その人物は国一番の侍だった。大湖首はニヤリと笑う。 「そうよ。乞技節で其方に恥をかかせられた大湖首よ」  馬富はざあっと血の気が引いていくのを感じた。これほど簡単に大湖首に見つかるなど思っていなかった。何かを考える前に、その場に平伏した。 「そ、その節は申し訳あり、」  額を地面に擦り付ける。だが。 「良い良い、気にするな。此度の節祭はわしにも良い勉強になった。あの晩の其方の歌は見事だった。其方ほどの者を見逃していたのを恥じている」  大湖首が顔を上げろと示す。 「で。ですが……」 「わしの不興を買ったと恐るるか? まぁ、確かに腹は立つが。それよりも才のある者を見出す方が大事じゃ」  大湖首は笑う。馬富はやっと顔を上げた。その悪戯っぽい笑顔に裏はない? そして大湖首は続ける。 「其方、十八公に名を連ねる気はあるか?」  それは当代きっての歌人の列に入らないかという誘いだった。唖然とする馬富を尻目に。 「其方の歌の才は野に打ち捨てるのは惜しい。そして、侍でも歌人の列に加えられる才の者が出るとの証よ」 「私をお認めになると?」 「今上帝に認められた者がなんと言う。受けてくれるよな」  馬富はなんと答えて良いかわからなかった。いきなりのいきなりすぎる誘い。十八公に自分も加われる? ずっと夢に見ていた。けれど、手が届かないと、無謀だし侍とは縁がないものと、あきらめていた。でも、それが目の前にある。 「……謹んで、お受けいたします」  これは現実ではないと半ば思いながら答えていた。 「そうか!」  大湖首は上機嫌で笑い、空を指差した。 「雨が上がったな。長霖雨もやっと終わる。あの歌の通り、其方の空も晴れるだろう」  そう言って、大湖首は馬富の肩を叩くと宮の中に入っていった。  馬富は顔を上げた。大湖首の言葉の通り雨は上がり、都の遥か先には虹がかかっている。その虹を背に圭衣子が駆けて来るのが見えた。  波紋消え 水鏡 澄んだ空写し 君を見ゆ  虹渡し 光来る 君が 来る
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