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「スプーンをくださいな」  そのおばさんは店に行く度にスプーンを欲していた。  当然買ったものの中には、スプーンの必要な食べ物がある。会計の度に言わない事なんて無かった。 「スプーンを付けて!」  スプーンを付けるのを忘れてたり、意図的に付けなかったりするともちろん、おばさんは声を荒げる。  買ったものの数ぶん使い捨てのスプーンを、店員が袋につめてくれるのを見届けたら、リボンの付いた歩行器にぶら下げて店を後にする。 「ありがとうございましたー」  台本の台詞の棒読みのように、男性店員のその声に感謝の意は特に無い。店員からすれば、対応が面倒な客でしかないのだ。 「……ねぇ、あのおばさん。今日も来たの?」  おばさんの姿が見えなくなってから、対応した男性店員に相方の女性店員が声を掛ける。 「はい、来ました」  心を無にして対応していたのか、男性店員は動じていなかった。 「スプーン。やっぱり欲しがっていたでしょう?」  買った食べ物に必要なものがあったら、当然といえば当然で特に可笑しなことなんて無い。  しかしこのおばさんは兎に角、ヨーグルトやプリン、ゼリーの買う数が一人で食べるにはあまりにも多過ぎる。家族に配って食べるのなら相当な大家族の筈と思えるくらいの数なのだ。  そのおばさんは店の近くにある老人ホームに住んでいる人である。離れている家族も居なければ、他の老人たちと交ざることもなく、一人だけで居ることが多いそうだ。  そんな事情を介護士の人から耳にしてからは、一人であの数を食べるとも考え難く、買うだけ買って無駄にしているのではないかと男性店員は勘繰る。  さて、このおばさんについて親しみを込める訳ではないのだが、おばさんばかりの名を連ねては他のおばさんと区別がつかなくなってしまう。そこで男性店員は思い付いたことを口にした。 「──スプーン欲しがりおばさん、ですね」  その名前が相応しいだろうと、二人の店員はお互いに頷いた。
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