第二章

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第二章

 正文は失神しそうになった。  少年はこちらを向いたまま、ただ止まっている。 香織「早く、もうどこに行けばいいの、ねぇ!」 正文「とりあえず、クローゼットに隠れよう」  二人は違う部屋のクローゼットに隠れた。  ペタ……ペタ……ペタ……。  少年は、ドアをパタンと開けて、リビングに入った。しっかり閉めていなかったのが悪かった。  足跡は、青緑が濁ったような色で、濡れていた。 香織「入って……きたよ」 正文「大丈夫、だよ」  香織は小声で話しながらも、過呼吸になっていた。しょうがないだろう、絶対ありえないような場所から、人が出てきて、今リビングにいるのだから。  少年は、五分の間、静止していた。口を開けたり、閉じたり……しかし、腕は震えていた。何か唸り声を出し始めていた。 香織「ねぇ、何の音? これ……」 正文「……」    ウゥ、ウウゥィウァァァン!    クローゼットの中が、蒸し暑い。そして、汗臭い。呼吸音で、ここにいるのが”あいつ”にわかってしまうのではないか。正文はそれが怖くてしょうがなかった。  その時。  ユニクロで買ったジーンズがハンガーと共に落ちた。  カタン。心臓が止まりそうになった。  少年は、顔を上げた。その顔は、クローゼットの方を向いていた……。一歩、一歩と足を動かす。 香織「出なきゃ、死ぬ」  行動に出た。正文は、クローゼットから抜け出したのだ。  少年はびくりともしない。  正文は、死ぬ勢いだった。  気が付くと、少年はずっと正文の方を見ていた。  そして、とある唸り声を上げた。  マ、ママ、ママママ!マァマ、マァァ!    まるで、母親を呼ぶような声だった。  そして、正文に近づいたのだ。正文は逃げた。もう一つの部屋の方に。  香織は、ただそれを見ながら震えていた。  どうすればいいの?  少年は、思ったよりも早く、正文に近づく。テーブルに置いてあったプリントを全てばら撒くと驚き、しかしまた近づく……。  イヤァァマァァママ!  正文は一瞬の隙でカッターナイフを筆箱から取り出し、少年に突き立てた。  ブシャ。  音はしたが、血は出ない。少年は一回腹を見て、その刃を取り出した。  その時正文は、こいつは絶対に人間ではないことを知った。  その刃を持って、少年はペタ、ペタ、と近づいてきた。  そして、正文は刃が当たり、指を切ってしまった。手を抑えながらも、トイレに駆け込み、鍵を閉める。  少年は、正文を見失った。  香織は、静かになったのが逆に恐ろしかった。息を止める。  正文は、トイレで物音が聞こえないようにじっとしていた。こうしていれば、もう大丈夫なのでは……。  ピロピロピロ、ピロピロピロピロ。  母からの電話だった。音が大きい。  ヤヴァいって感じだった。  少年は、リビングを出て、廊下を歩き出した。    ヒタ……ヒタ……ヒタ。    異常に湿っている足音。不味い。    ガチャガチャガチャガチャガチャ。   ドンドンドンドン、ドォン!  ここにいるのがバレたらしい。  でも、鍵がついてるから、大丈夫。    何で、こいつは鍵の開け方を知っているんだ……?  いや、そんなこと考えている暇はない。  必死に手でドアが開かないようにする。    アァァァァアン!  泣き叫ぶような声。抵抗していたが、少年が何かの恨みを全て吐き出したような強さで、開いてしまった。正文はなんとか抜け出した。しかし、少年も小走りでついてくる。  素早く台所に行き、ナイフを取り出すと、少年の首を切ろうとした。  が。  少年は上手くそれを避けた。  反動で、正文は倒れた。それを見計らって少年がナイフを持ち出した。  もう、死ぬんだな……。  そう悟った時、誰かがフライパンで少年の頭を強く叩き、倒した。香織だった。 香織「早く、こっち来て!」 正文「……ありがとう」  しかし、意外にも早く起き上がり、二人を追いかける。  何で、こいつは追いかけるのか。  二人は、なぜか別の部屋に別れてしまった。正文は寝室へ、香織は洗面所だった。寝室には鍵がある部屋はない。しまったと思った。しかし、正文はクローゼットの中に入った。もう、今度こそは死ぬかもしれない。そう思いながらも、身を寄せていたのだった。  香織は、洗面所の鍵を閉め、息を止めていた。  少年は、肩を揺らしながら、腕を上げたり下げたりしている。  ヒャアアアアアア。  そして、洗面所と真実の扉をバタンバタンと叩いた。  香織は涙を顔に蔦らせながらも、息を止めて待つ。  少年は、右の洗面所を開けようとする。鍵がかかっているため、少年は迷っている。  もしも、鍵が開いてしまったらどうしよう。  しかし、足は遠のいていった。  ヒタ……ヒタ……。  多分、寝室に向かったのだろう。  香織は正文の冥福を祈ることしかできない。  正文は、もう部屋の中に少年がいることはわかっている。クローゼットの取手を抑えながら、身構えた。  ヒヤアァァァアァァァ!  クローゼットに圧力がかかる。疲れが限界に達する中、強く取手を握る。もう少しで開いてしまう。  もう……無理だ。  少年の笑う顔が見えた。  香織は、いつの間にか寝てしまっていた。  しかし、ガチャガチャガチャという音で目が覚める。  正文は、どうなったの?  音がだんだん大きくなっていく。  ママママママアァァァアァァンマママママアママァン!    その後、少年は大きく赤ん坊のようにケラケラと笑った。  その恐ろしさのせいで、鍵が開いたことに気づけなかった。  正気が戻った時には、もう少年の顔が見えていた。  首をゴキっと鳴らし、自分に近づいてくる。     水がポタ、ポタと垂れる。その時、直感的に思いついたこと。  少年は香織に抱きつくようにして取り押さえようとした。バンっと一回だけ首を殴られ、その後、倒された。ニヤリと笑う少年は、拳を上から下ろそうとした時、ドライヤーを取り出した。  熱さを強にして、少年に振りかける。初めは、気を逸らすための方法だったのに。    ヒヤアァァァァアァママアァァァァン!  気付いたら、少年はいなくなっていた。  部屋は水浸し。 「ただいま」  声がしてビクッとすると、そこには正文の両親がいた。 「え、何これ、水浸しじゃない」  お母さんが怒り出す。同窓会から帰ってきたのだろう。  時間を見ると、なぜか次の日の九時二十五分になっていた。 「え、香織ちゃん? 何で」  香織は、そのまま横たわってしまった。 お父さん「どうした? 気持ち悪いのか?」 香織  「いや……」 お母さん「あれ、正文は……」 香織  「あっち……寝室」  すると、正文のお母さんは悲鳴を上げた。 お母さん「正文? ねぇ、どうしたの?」 正文  「あ……お母さん」  正文は安心したのか、涙を流した。  その後、正文と香織は病院に運ばれた。日帰りのつもりだったのに帰らなかったことから、香織の母も向かった。正文の両親は、「二人で水遊びでもしたの?」と聞いたが、何も言えなかった。  あの日から、二人は友達になった。図書館で一緒に勉強をしたり、また家に行くことがあった。正文によると、風呂の変な現象ももうなくなったという。しかし、洗面所のとある一点だけは、掃除しても掃除しても消えない。その一点というのは……。  足跡だった。その場所は、少年が最後死んだ場所。                                       完        
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