『届けたい情熱〜超合金の筆〜』

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 毎月一度の恒例行事。手の中の液晶画面に踊る数字に翻弄され、孝久は小さく肩を落とした。 「108位か……先月より6つも下がってるな……」  仕事の休憩時間、くたびれた身体をリフレッシュルームの椅子の背もたれに預けながら孝久が見ているのは、小説投稿サイト「Myスターズ」の総合ランキング画面。目標である上位5位以内は遥か遠く、孝久は今日もまた、心の筆が一本折れる音を聞いた。  西暦2100年現在、小説界隈は未曾有の危機に直面している。  日本人の読書離れは100年近く前からずっと囁かれている問題であるが、月日を経るごとにその傾向は加速し、今では本屋から小説コーナーはほとんど絶滅してしまった。  紙の本なんて刷ったところで売れない……そんな厳しい現実から、出版会社はデジタルコンテンツ中心の展開へと大きく舵を切ったのだ。今では電子書籍が全書籍の99%以上の割合を占めている。  それでもショート動画やゲームなど他の娯楽に立場を追われ、小説自体が売れない構造を変えるには至っていない。焼け石に水ってやつだ。今の日本に小説だけで食べていける専業作家は一人もいないと聞く。  しかしそんな世知辛い世の中でも、小説家を夢見る人が居なくなったわけではない。かく言う孝久自身もその一人だ。お金のためじゃなく、ただ「自分の本を本屋の店頭に並べたい」という狂おしいほど純粋な夢のため、日夜過酷な執筆活動に励んでいる。  そしてその夢を叶える唯一の方法こそ「Myスターズ総合ランキングで5位以内に入ること」だ。  まだ小説業界が盛んであった頃、日本にはいくつもの小説投稿サイトがあったという。それらは業界の衰退とともに統廃合が繰り返され、今残っているのはMyスターズただ一つだ。  またかつてはたくさんあった出版社による公募も現在は行われておらず、基本小説の書籍化は全てMyスターズ内のコンテスト受賞や拾い上げを通して行われる。  そんな中、唯一紙での出版に繋がるのがMyスターズ総合ランキング。毎月1日に発表されるサイト登録者全員が対象の大規模ランキングであり、そこで5位以内に入った場合、なんらかの形で作品の紙書籍化が約束されている。  ちなみに108位という孝久の順位は決して低くない。  なにしろ、日本中の全ての作家志望者がMyスターズに登録しているのだ。(読み専を多く含むとはいえ)10万人以上の稼働登録者がいる中での108位なんて、上澄み中の上澄みと言っていい。  だけど5位以内でなければ意味などない。孝久は悔しさのあまり唇を噛む。唇の端が切れ、鉄の味がじんわりと口全体に広がった。  あと何度苦渋を舐めれば、この努力は報われるのだろう。あと何本、心の筆は残っているのだろう。
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