『届けたい情熱〜超合金の筆〜』

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「……いかんいかん。落ち込んでる場合じゃない。まずは分析だな」  ページをスクロールして下に移動する。そこには「一言アドバイス」という、今回の順位になるに至った理由が書かれている欄がある。  孝久は、さながら鬼教師に理由も分からず呼び出しをくらった時のような心地で欄に目を通した。そこには一文「もっと読者の心に届くような文章を意識しましょう」と書いてあった。 「読者の心に届くようなって……意識してそれができたら苦労しねぇよ」  この総合ランキングというのは人間が全ての作品に目を通して付けているのではない。もちろん、そんなことは不可能だからだ。  Myスターズ登録者は読み専や作家を問わず、定期的に運営から送られてくるアンケートに答えることができる。そこで読みたいジャンルや好みの展開等自身の趣味嗜好を回答すると、それがランキング生成用AIにデータとして蓄積される。言わば読者の生の声だ。  それを基準に、AIが最新機能により作品の文字列から内容を読み取り、作品を点数化する。その合計点だか平均点だか、まぁ詳しくは分からないが、とにかくAIの採点によって自動でランキング付けがされている、らしい。  要するに、読者の声を反映しているAIによると孝久の作品が108位に止まったのは「心に届かない」ことが原因のようだ。 「うーん……やっぱり『トラックに轢かれて転生』ってのが良くなかったのかな……手垢まみれの展開だし、死ぬ時超痛いだろうし」  今月孝久が書いた作品は、一言で言えば「異世界転生無双ハーレムモノ」だ。今月は、ではなく、今月も、だ。これは別に孝久が書きたいジャンルというわけではなく、AI(つまり読者)がそのような作品を求めているのだ。  孝久はこれまで何度もトライアンドエラーを繰り返し、また5位以内に選ばれた書籍化作品を読み漁り、その結果、今の読者が好む展開は「なんの取り柄もない主人公が苦労もせずある日突然すごい力を授かり、無双し、ハーレムを築く話」であると結論付けた。  それは昔から人気だったとあるジャンルの派生系の一つらしく、当時はそれなりに苦労や努力、工夫を要するものなどいろいろなパターンがあったそうなのだが、現代ではそれらはほぼ廃れ、ただひたすらに努力せず良い思いをするパターンのみがウケて生き残っている。  皮肉なことに、統廃合の末唯一生き残ったMyスターズと同じ末路だ。そしてそうなってしまった原因はおそらく、今の日本に蔓延る閉塞感や未来への失望感。皆、現実世界に疲れてしまっているのだ。だから楽をして幸せになる物語の主人公に自己投影し、現実から目を背ける。 「次はもっと痛くない方法で異世界に行かせよう。あと、魔法の練習描写も不要だったな。ハーレムの人数も倍の10人に増やしてみるか」  とにかく努力も嫌な思いもせず、良い思いを。疲弊した読者を癒せるのは馬鹿みたいに都合の良いラッキー展開だけだ。  孝久は努力して、努力しない話を生み出し続ける。ただひたすら紙書籍化という夢のために。 「あ、そうだ。前のやつはもう閉じないと」  孝久はいつも、これ以上伸びが見込めない作品は休載にしてさっさと新作に着手するようにしている。はじめのうちはまだ数人でも読者が付いている連載中の作品を途中で切り捨てることに抵抗もあったが、最近はもう何も感じなくなっていた。  大事なのは書籍化に繋がるかどうかだ。感傷に目をくらませ、目的を見失ってはならない。  孝久は慣れた手つきで書きかけだった作品の執筆状況を「連載中」から「休載中」に変更し、より新作のプロットを考え始め……る前に、仕方なくまだ終わっていない今日の分の仕事と向き合うことにした。
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