『届けたい情熱〜超合金の筆〜』

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/  新作の連載を開始して約一週間。 「俺もコウスケみたいに無双してー」 「こんな世界が理想だわ」 「アヤカちゃんが好みすぎて辛い」  読者から次々寄せられる賞賛の声に、孝久は確かな手応えを感じていた。  本作は、なんの取り柄も特技もない陰気な高校生・コウスケが下校中マンホールに落ちたことをキッカケに「裏側の世界」に転移。そこは現世と同じ姿形をした人々が暮らすいわゆるパラレルワールドでありながら、現世と「何もかもが逆」の不思議な世界だった。当然スクールカーストも逆だから、現世で日陰ものだったコウスケは学校を支配する番長になり、アヤカをはじめとした取り巻き女子に囲まれてモテモテスクールライフを満喫……というのがざっくりとしたあらすじである。  今回の作品の見どころは、無能であればあるほど最強になれるという世界観設定。それはまさに努力がなんの意味もなさない世界であり、AI採点において大きなプラス材料になることだろう。  また前回の反省点を踏まえ、痛くない転生(今回は転移)、最初から作中最強クラスの主人公、さらにさらに、ナイスバディからスレンダーまで多種多様なヒロインを10人も取り揃え、全員から一斉に色仕掛けをされるウハウハ展開まで用意した。 「ここまでやれば、二桁順位は堅いだろう」  書いている途中「俺はなんて妄想をしているのだろう」と馬鹿らしくなる瞬間もあったが、それもこれも全て書籍化のためとグッと堪えて飲み込んだ。  自分が何を書きたいかじゃない。どんなに気持ちを込めて作品を書いたとて、結果が出なければ誰にも見向きされない。届かない。「俺の伝えたいことはこれだから」、なんて言い訳に逃げるのはただの負け犬だ。俺は負け犬になんて絶対ならない。なるもんか。  さらに一週間後。8月1日。再び、総合ランキング発表の日がやってきた。  発表がある17時を前に孝久は仕事が全く手につかない。緊張するのは毎月のことだが、今月はいつになく手応えを感じている分、余計に期待が増す。キーボードを打つフリをしながら、書籍化が決まった時の読者に対する御礼の言葉を考えちゃったりなんかして、心だけがふわふわとオフィスの天井付近を彷徨っている。 「休憩行ってきまーす」  16時58分にしれっと執務ゾーンを抜け、リフレッシュルームで待機する。ケータイでMyスターズホームページを開き、17時になった瞬間、ランキング更新のお知らせが来たのを確認し、震える手で確認ボタンをプッシュした。
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