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階段を降りると、パパのお店の厨房。早番のスタッフさんたちが、朝の市場で仕入れた食材を整理している。
「音子ちゃん、おはよう」
「音ちゃん、いよいよ今日だね」
「今日はおやっさん、張り切ってヘッドバンギングの練習してたぜ」
「パパに来るときは、コック帽を脱いで来てって言ってね。長いコック帽でヘドバンされると目立って恥ずかしいから」
三人は笑って作業に戻った。
厨房のスウィングドアを開けると、20坪ほどのホール。まだクロスがかけられていないテーブルが並んでいる。
テーブルのひとつにママが座って、コーヒーを飲みながら楽譜に目を落としている。
「ママ、いつ帰ったの?」
「今朝よ。深夜の便が手配できたの」
「よかった。今日、来てくれるんでしょ?」
「ええ、娘の大舞台ですもの。それに、パパとお兄ちゃんのおもりが必要でしょ? あの二人、私のコンサートはめったに来ないくせに、ロックライブだと暴れまくるから」
ママは世界的なチェリストで、いつも演奏旅行。
一緒にご飯を食べれるの久しぶり。
二階でヘドバン合戦をしていたアホ親子が降りてきた。
お兄ちゃんは、FUJIROCKのTシャツと短パンで私の隣に座った。これでも音大在学中で、ママの後を継いでチェリストになる勉強をしているんだけど、ホントはロック好きで、バンドでギター弾いてライブ活動して、レコード会社からスカウトも来ている。
パパがママのほっぺにチュッとしながら、ママの隣に座った。
パパはお祖父ちゃんから続いたこのお店を担保に入れて、ママのためにストラディバリウスのチェロを買ってあげたくらいママを愛している。
パパは有名シェフなのだけど、あたしたち兄妹に後を継がせる気はないらしい。
「料理人なんて死んだらその味はもう味わえないけど、ミュージシャンの作品は未来まで残る」と、自分がお祖父ちゃんに反対された夢を、あたしたちに託しているみたい。
あたしたち兄妹は小さい頃、ママにピアノやオーケストラで使う楽器の手ほどきを受けたのだけど、パパが持っているエレキギターやベース、シンセサイザーやドラムの方が好きになった。
音育の一環でママがモーツアルトをあたしたちに聞かせていたのに、ハードロック好きのパパがママの演奏旅行の間に、ロックの歴代名曲を聞かせていたせいだ。
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