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朝食を食べ終わり、あたしは厨房にお皿を下げながらオムレツを焼いてくれた新人スタッフに声をかけた。
「ミルクの代わりに豆乳を使うのはいいアイデアだったけど、撹拌しすぎて卵豆腐みたいな食感になっていたわよ。あと、熱の入れ方もムラがあったわ。こういうことがしたかったのかしら?」
あたしは、彼の目の前で卵を2個ボールに割り入れ、塩コショウ、豆乳を混ぜ入れた。フライパンをよく熱して、卵液を流し込み、左手のスナップだけでオムレツを成形した。
皿に盛られたオムレツを見たセカンドシェフが、すかさず味見。
「音ちゃんがウチのキッチンに入ってくれたらおやっさんの星を超えて、星3つも夢じゃないんだけどな」
「ごめんね。あたしの夢はバンドなの。スターは音楽でかなえるわ」
「おっ、燃えてるねえ」
「あら? 燃えているといえば、なんか焦げてない?」
「あっ、バカ、新人! 俺達の朝めしが!」
新人クン、あたしのオムレツを夢中で食べてて、オーブンのアジの干物を焦がしてた。
いけない。あたしも今朝は急がなきゃ。
あたしは2階に上り、歯磨き、身だしなみのチェックをして部屋に戻り相棒をケースにしまう。
ケースのストラップに両腕を入れ、よいしょの声とともに持ち上げる。
キー坊と名前を付けたシンセサイザーは、重くて大きい。ピアノと同じ88鍵フルサイズは、158センチのあたしが背負うとただキーボードが歩いているみたいに見える。
さぁ、キー坊。行くわよ。
あたしは、厨房につながる階段と反対側の玄関へつながるドアを開けた。
後から家族みんなが現れる。
パパが袋を渡して「カツサンド持っていけ。いいか、勝ってこいよ」
「パパ、受験じゃないんだから」あたしは受け取りながら笑った。
「音子、コンテストはライブと違うから注意してね。ノリも必要だけど、コンテストの審査って縦の音粒が揃っているか? を見るから」
クラッシックコンテストの審査員経験があるママがいった。
「イヤイヤ、ロックはそんなもん関係ない。溢れる情熱とヘッドバンギングだ!」パパはまたヘドバンをかます。
お兄ちゃんも合わせて頭を振っている。
あたしは、家族の見送りにバイバイして出ていった。
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