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翠雨について
翠雨の声が聞こえたことよりも、告白の返事よりも驚いたのは、彼の正体が雨粒だということだった。
「正確には、元雨粒かな。今さっき人間になれたから、声が出せるようになったんだ」
「えっと? どういうこと?」
「とりあえず歩こうか」
流れるように手をとられて、驚きつつも歩き始める。
水たまりを踏む前にぎゅっと手を握る力が強くなった。
さっきまでとは違って体温があるのに安心してほっとする。
公園をゆっくり目指しながら、翠雨は「何から話そうか」としばらく逡巡して、私と目が合うと口元に弧を描いた。
「小晴は……水蒸気が雲になり雨として地上に降ったら、また水蒸気になるのは知ってる?」
「うん。授業で聞いたことあるよ」
「僕は長いことそれを繰り返していた。あらゆる動植物の営みを垣間見たよ。なかでも人間が……一番不快だったんだ」
「不快?」
「そう。あまりに欲にまみれていたからね。見聞きするのがしんどかった。そんな時だよ、小晴の欲に癒されたのは」
「私の……欲?」
なんだろう。
思い当たるものがなくて話の続きを待っていたら、翠雨が私の顔を見て吹き出した。
「なによー」
「いや可愛かったなと思い出して。妹たちが生まれる前、小晴はお母さんのお腹が大きくなり過ぎるのを心配していなかった?」
「え、あー……どんどん大きくなるから風船みたいに飛んでいっちゃうかもって不安だったかも」
「それ。『お母さんが飛んでいきませんように』ってね。あまりに可愛らしい欲……願いというべきかな。それに僕は惹かれて、僕自身が欲を抱いたんだ」
「翠雨が?」
翠雨は一度立ち止まり体ごと私の方を向いた。
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