翠雨について

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「『人になって、小晴と一緒に過ごしてみたい』という欲だよ。けれど人になるためには、小晴と想いが通じ合うという条件があった。通じ合わなければ人になれず、声も出せないまま……しかもその前に直射日光や雨を浴びたら雨粒に戻ってしまうという、ね」 「だからいつも部屋にいたの? 学校にも行かないで?」 「そう。でもあのころは、小晴に会えれば満足だったからね」 「私の誕生日がいつも雨だったのも?」 「それは……雨粒の仲間たちのお節介だね。野次馬というか……僕が人になってまで会いたいと願った相手を一目見ようと集まるんだよ。その結果、雨雲になってしまうというのが正しいかな」 「もしかして、てるてる坊主が傘になったのも?」  目を見開いてから、「そうだった」と翠雨は笑い出した。   「僕を一番よく知る雨粒だよ。空の上でもせっかちな奴だったから、相当焦れていたんだろうね」 「じゃあ、傘が見当たらないのは帰っちゃったってこと?」  さっきから風に飛ばされたてるてる坊主の傘を探しているのに見当たらない。  こっちの方に転がったのは確かなのに。 「そうだね。空気を読んだんだろう」  空気? と首を傾げたら、翠雨の顔がぐいと近づいてくる。  鼻先が触れてしまいそうというところで、いたずらっぽく口角を上げた。   「小晴は、二人きりが良かったんでしょ?」  空色の瞳がキラキラ光っているのはお日さまの下だからなだけじゃない気がする。  翠雨のこんな表情、初めて見た。  穏やかに優しく笑う翠雨も好きだけど、こんな風にちょっと子供っぽいところも可愛くて好き。  もっと色々見てみたい。 「うん。こうやって二人で歩きたかったの」 「僕もだよ。それに最近は学校にも通ってみたかった。いろんな小晴を見てみたくて」 「わ、私も、一緒に通えたら楽しいのにって思ってた!」 「……人間は欲張りだと呆れていたけれど、いざ自分がその立場になると争いがたいのが分かるね。どんどん欲張りになっていく」 「私も!」  同じ気持ちだったのが嬉しくて、繋いだ手を上下にブンブンと振る。  驚いたような、困ったように眉を下げた翠雨も可愛い。 「好きだなぁ」  心の声がこぼれてしまっても、雨上がりからさほど経っていない裏道で聞く人は翠雨だけ。 「僕も」  頬をうっすら染めながら返ってきた声を聞けるのも、私だけ。   「それから誕生日おめでとう、小晴。……直接言えるなんて思わなかった。勇気を出して気持ちを伝えてくれてありがとう」 「それを言うなら、人になってまで会いに来てくれてありがとう翠雨。一番のプレゼントは、ずっと前にもらってたんだね」  お互いに笑いあって、もっと強く手を握って。  雨をまとう街路樹や水たまりがきらめく道を二人占め。  木の葉から雨粒が落ちて私たちの頭を濡らすけど、翠雨がもう溶けることはない。  雨粒の拍手の代わりに水たまりを鳴らして道を進みながら、私たちはお互いを知っていく。    少しずつ。  一歩ずつ。
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