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ピンポン。
ドキドキしながら待ってみる。
気温はそんなに高くないはずなのに、額には汗をかいていた。
ゆっくり扉が開いて、見慣れた部屋着姿とは違う翠雨が現れた。
ちゃんと出かけるつもりでいてくれたのが嬉しい。
「あ、あのね。この傘すごくて。これが開いていれば絶対晴れるんだって。一緒に傘に入って散歩でもしない?」
どう説明すればいいか分からず中途半端に事実を話したけど、伝わっただろうか。
そもそも信じてもらえるだろうか。
翠雨と私は身長が同じくらいだから、傘をさしていても少し視線をあげればその表情は分かる。
私と傘を見比べて、しばらく翠雨は首を傾げていたけど、そのうちニコリと笑って頷いてくれた。
傘のなかに入ってくると、持ち手の上の方をトンとたたく。
「持ってくれるの?」
翠雨は笑みを深めてもう一度頷く。私が持ってもいいけど、任せることにした。
白くて細い翠雨の腕が目の前にくる。
傘を持つと浮かぶ筋が思いのほかしっかりしていて、男の子なんだなぁとドキドキしてしまう。
それに視線を横へ動かすたびに翠雨と目が合うのにも顔がほてってくる。想像よりも傘の中はずっと狭くて、距離が近い。
この状態で告白は無理ゲーな気がする。
「と、とりあえず公園行かない? 中央公園の紫陽花がキレイでね、バラ園も見ごろなんだって。あとね――……」
二人で出かけられる。
妄想が現実になったのを実感しながらあれこれと行き先を提案し始めたとき、ビュオォッと下から上に大きな拳を突き上げるような風が吹いた。
湿り気を帯びたそれは雨のにおいがして少し冷たい。
風の音に呼応して近隣の庭に植った木々がざわめく。怯えて叫んでいるみたいだ。
咄嗟のことに翠雨も驚いたんだろう。傘が手から飛んで、歩道の少し先に転がった。
――ジュッ。
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