お出かけ

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 傘を拾おうとかけ出した瞬間だった。  何かが焼けたような音に振り向くと、翠雨の頭や指先から湯気がたっている。 「え?」  裂けたはずの雲間があっという間にまた塞がって、雨が降ってくる。  そのせいか翠雨の湯気はおさまったけど、汗にしては多すぎる水分が顔や腕を伝いはじめた。  結露したコップみたいだ。  しかも心なしか、指先が短くなっているような気がする。 「翠雨……もしかして、溶けてるの?」  なんで?  さっきから何かおかしい。 「まってて! すぐに傘を拾ってくるから!」  翠雨は心配だけど、背を向けて走る。  とにかく傘を拾わなきゃ。  なのに急ぐほどに雨の勢いは増して、たちまち視界が白くなった。  風に乗った傘らしき白い物体が遠ざかっていく。    雨が入った目元をぬぐいもう一度かけ出そうとしたとき、不意に背中から抱きしめられた。 「離して! 傘が取れないよ!」  体の前に回された腕の袖から翠雨だと分かるけど、何で今抱きしめられているのか分からない。  こっちは傘を見失わないよう必死なのに、抱きしめられる力は強くなるだけで余計に焦る。  それにやっぱり、翠雨はとけて……水になっている。  背中全体が翠雨に触れているはずなのに、体温らしきものがなくて冷たいし、雨が一番当たる顔よりも濡れている感覚がある。  心なしか、感じる重みもだんだんと軽くなっている気がするのだ。  ――翠雨が消えちゃう。  あわてて振り向き、私も翠雨を抱きしめる。  浮かんだ不安はありえないはずなのに、腕を回した背中がどんどん薄くなっていく気がしてならない。 「や、やだ。消えないで」  腕をゆるめて翠雨の顔を覗きこむと、いつも見る優しい微笑みだった。  でも頬に触れたらやっぱり異常に冷たくて、ピチャピチャと水を揺らす音がした。  翠雨がとけている。  ありえないけど、目の前で起こっている。  どうすればいいか考えたいのに、雨の勢いは増すばかりで集中できない。  立つのも辛いのか、膝を折ってしゃがみ込んだ翠雨に覆いかぶさるみたいに抱きしめる。  明らかに小さくなってる翠雨を守りたくて必死だ。  なんで?  どうして翠雨が消えるの?  私が晴れの日に出かけたいなんて思ったから?  勇気をだす口実に天気を使ったからかもしれない。  欲を出したせいだ。
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