【1】師匠と弟子

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【1】師匠と弟子

涛淳(タオチュン)! 涛淳!」 「はあい師匠。ここにおります」 「ぐずぐずしおって。呼んだらすぐに飛んでこいと言っておるだろうが」 「ふぎゃ!」  師匠の振り上げた拳が俺の脳天をしたたかに打ち据えた。  長い銀髪を首の後ろに束ね、頭巾を被った師匠の目が三角になって俺を睨みつけている。 「はい! すみません師匠」 「お前の仕事はどうなっている?」 「仕事……?」  俺は右手を上げて顎に添えると小首を傾げた。 「なんでしたっけ? 今日はまだ何も命じられていなかったような――」  ぶうぅん!  俺は振り上げられた師匠の手を辛うじて躱した。  やったぜ。  空振りに終わった師匠は勢い余って前のめりによろめいた。  と思った瞬間、師匠の腕がぐいと伸びて俺の着物の袂を掴んだ。  ちきしょう。油断した。問答無用で引き寄せられる。  わ、わ。顔が近い近い。師匠の頬に手を置いたらチクチクするぞ。  不精ひげ生えてるな? ちょっと離れて欲しいんだけど。  しかし俺の願いを無視して師匠が耳元で叫ぶ。 「涛淳(タオチュン)! お前は『貸し筆』と貸し賃を回収するのが仕事だろうが。『色命数士(しきめいすうし)』どもは皆狡猾だ。最上級の私の筆を返すのを惜しんで、あの手この手で返却をはぐらかそうとする。だが私も慈善事業をしているんじゃない。借りたものは必ず返せ。返却期限が過ぎているのだ」
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