【1】師匠と弟子

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「は……はい! ええと……今回はどの筆を回収すればいいんですか?」 「『翠星(すいせい)』だ。先月末で貸出期間の五年が過ぎた」  師匠が着物の袂を持つ力を緩めてくれたので、俺はそそくさと離れて壁際の棚に近づいた。引き戸のない棚には貸出台帳の竹簡(ちくかん)が軽く三十巻ほど積まれている。 「『翠星』ですね」  俺は棚から古びた竹簡を一つ手にして止めていた紐を解いた。 「ありました。貸している術者の名前は『風凛(ふうりん)』。でも師匠、この人の住まいはどこですか? 色命数士(しきめいすうし)としか記載がありません」 「色命数士のことは『伽藍(がらん)』へ行って聞いてこい。私は知らぬ」 「ええっ~!」 「私の作った『命数筆(めいすうふで)』を借りた色命数士がどこにいるのか。それを調べるのもお前の仕事。食い扶持(ぶち)を稼がせてやっているのだ。文句があるのか? お前が私の筆作りの助手として、役に立てればまだマシだが……」  腕組みをして、はあぁと深く師匠が溜息をついた。  ずきん、と。胸が深く疼いた。  そんな目で見ないでくれ。師匠の言いたいことはよくわかっているから。
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