【1】師匠と弟子

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「はい。じゃ『翠星』の回収に行ってきます。貸してから五年も経ってますし、居場所を突き止めるため時間がかかりそうだから、しばらく店に帰れないかも……」 「当然だ。筆と貸し賃を回収するまで、店への出入りを禁ずる。ではな、涛淳(タオチュン)」  師匠は筆を作るために奥の作業場へと立ち去っていった。  俺はその背中を黙ったまま見送った。   ◇ 「すみませんね~。役に立たなくて。ふんっだ!」  俺は筆屋から表通りへと出た。わかっている。師匠が言う通り、俺は本当にモノづくりができないのだ。細かい作業が苦手というか。  手先がおっそろしく不器用で、作業場を筆づくりのための羽毛や獣の毛で散らかし、筆軸用の細竹を干してみたら、ひび割れさせて売り物にならないものばかり作ってしまう。だから俺に、ただ飯を食わせる気がない師匠が思いついた。 「せめてそのまぶしすぎる美貌を振りまいて、私の筆屋『鳳月庵(ほうげつあん)』の顧客を開拓してもらおう。手始めに『貸し筆』と貸し賃の回収をしてくれ」  美貌って――。  まあ、男の師匠がそう思うのなら、世の女性達も俺の事をそういう風にみているのだろう。お使いで町を歩くと老若男女問わず声をかけられる。  時間があるなら『南天楼(なんてんろう)』の桃まんを一緒に食べないか、とか。買い物に付き合って、だとか。  かわいい髪の毛だね~触ってもいい? ――とか。  俺の髪は珍しい桃色がかった艶のある銀髪だ。腰まで伸びた髪はそれは雨露で編んだ絹糸の如く、あるいは天女の纏う羽衣の様だと言われたことがある。  目の色は故郷【九仙郷(きゅうせんごう)】に湧く『御池』の水と同じ、深い深い瑠璃色。吸い込まれそうな青だ……って、師匠に顔を覗き込まれたことがある。あの時はちょっと怖かったな。
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