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ある日、あたしは悟った。今日何も食べなかったら、あたしは死ぬ。弥一だってせいぜいぜいあと数日だろう。ふたりとも、すっかりやせ細ってしまった。
弥一がふらふらと立ち上がった。土間に降りて、置いてあった鉈を手に取った。ああ、そうか、あたしを食べれば、あと数日よりももう少し、長く生きられるかもしれない。こんなに痩せて、食べるところも少なくなってしまったけれど。でも、あたしを食べて生き延びる間に雨が止んだなら。もしかしたら、弥一だけは助かるかもしれない。
そりゃあ、正直、あたしだって死ぬのは嫌だけど。でも、弥一のためならしかたない。他の人間に食べられるのは、死んでもご免だけどね。
弥一がやって来て、あたしを撫でた。いつものように、いい子だ、可愛いと言いながら。
あたしはただ目を瞑って、喉を鳴らした。その手にある鉈には気づかないふりをして。そっと薄目を開けると、見下ろす弥一の表情顔が、躊躇いと決意の間で揺れているようだった。早く、と心の中で念じる。早くその鉈を振り下ろして、あたしを殺して。そして食べて。いつまでもこんな風に、どきどきして待つのはつらい。
神経がぐっと鋭くなって、弥一の浅く早くなった呼吸がはっきりと聞き取れた。雨の音がいつもよりずっと大きく響いていた。
弥一が言った。
「辛いよなあ、腹減ったよなあ。待ってろ、今、助けてやるからな」
そう、死んでしまえばもう空腹で辛いことはなくなる。だから、ほら、早く。
***
一瞬の後、弥一が息を止め、それから、鉈が宙を切る音がして。ああ、最後だ、さよなら、そう思ったのに。確かに肉を裂く音と、押し殺したような悲鳴が聞こえたのに。
いつまでも、この体に痛みが訪れない。どうして? もしかして、一瞬で死んでしまって気づかなかった? そう思ってそっと目を開けると。
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