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そこには、左手を切り落として涙を流す弥一がいた。
「なあ、腹減ったよなあ。つらいよなあ。こんなもんしかやれなくて、ほんとうにすまないけど、ほれ、食ってくれ」
はあ、はあ、と苦しい息を吐きながら、弥一は鉈で切り落とされ土間に転がった左手を見た。どういうこと? わけがわからない。あたしを食べるためじゃなくて、あたしに食べさせるために、自分に向かって、鉈を振るったの? その顔をじっと見つめながら、にゃあん、と鳴くと、涙を流したまま笑顔になって、弥一は言った。
「覚えてるだろ? 約束したよな、お前を生涯面倒見るって。だから食ってくれ。そして、生き延びてくれ。絶対に、死んじゃなんねえぞ」
嫌だ、食べたくない。強くそう思った。家の外だけじゃない、心の中も土砂降りになったようだ。嫌だ、嫌だ、弥一を食べるだなんて―そう思ったけれど、食べなかったら弥一のやったことが無駄になる。
意を決して、あたしは弥一の左手を食べた。
***
それから数日おきに、弥一は体を次々と切り落としては、あたしに与え続けた。左腕、左足、そして右足。あたしは食べた、手も足も、その傷に沸く蛆も、ひとつ残らず。
弥一は、もう自由に動けない。木の実を弥一のそばに運ぶと、にっこり笑って、賢いな、ありがとう、と言って、残った右手で拾って食べた。そして、あたしの頭を撫でた。可愛いな、いい子だな、と言いながら。
雨は、まだ止まない。
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