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その朝。弥一が鉈を床に固定した。何度も何度も失敗しながら、ようやくそれは思い通りの形に固定されたらしい。満足そうにうなずいてから、傍らにいたあたしを、それは丁寧に撫でた。ああ、もうこんな風に撫でてやることもできなくなる、そう呟きながら、何度も、何度も。惜しむように。
それから弥一は、よし、と言って、長いことかけて半身を起こし、固定した鉈に、勢いよく倒れ込んだ。
弥一の右腕が、跳んだ。
***
丁寧に丁寧に、惜しむように、あたしはそれを食べた。いつもあたしを撫でてくれた指先は、特に丁寧に。うまいか、弥一が嬉しそうに呟いた。
「最後まで面倒見れなくて、ごめんなあ。残りも、ちゃあんと食うんだぞ。きっともうすぐ、雨は止むからな、それまでの辛抱だ。お前は、生きろ、絶対に死ぬな、いいか、絶対にだ」
翌朝。弥一は、目を開けなかった。どんなに呼んでも、もう起きることも、話すこともない。冷たくなった体にぴったりくっついて温めようとしたけれど、それは無駄に終わった。
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