雨の日の太陽

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雨の日の太陽

 雨が増えたなら楽しめばいい。そんな余裕は瓦解(がかい)した。安全が保障されていたから楽しめたのだ。降り止まない雨によってごく一部のシェルター機能を持つ施設以外、水区以外の地区も危険にさらされた。水区以外の場所も床上浸水が相次ぎ、土壌が弱い場所は崩れた。停電が相次ぎ、頼みの消防も出動ができない。道が水没してエンジンが機能しなくなったからだ。すでにシェルター機能もある図書館や宿泊施設にいた人も心細さに泣きながら互いを励まし合いながら雨が止むのを待つ日々。  「やっぱり違うんだな……」  村井 麻衣(まい)は最近できたばかりの宿泊施設巣篭(すごも)りコクーンで友人の真紀(まき)と合流して過ごしていた。ここはシェルターの機能も持っており、自家発電があるから外とは切り離されたように快適だ。天井に映し出される青空を見て思わず麻衣は呟いた。どんなにリアルでも自分が見たい空じゃない。誰かが近くで亡くなっているかもしれない状況でどんなに現実から切り離されていても心は晴れない。  雨が降り始めて3日間は仕事もあった。4日目に取引先が床上浸水の()き目に遭い、5日目にはオフィス街の電力が不安定になって休業。その辺りで図書館から巣篭りコクーンに移動した。巣篭りと謳うだけあって長期間滞在推奨(すいしょう)の施設で色も明かりも選べるゆったりとした楕円形(だえんけい)の個室に好きなものを持ち込んで過ごせる上、書籍、食事、CD、寝具などは選び放題。共有エリアで人と交流するのも含め、1週間滞在で25,000円。あちこち渡り歩くよりはお得で快適と判断した。  「確かに浮世離れしているからか外との乖離(かいり)が大きくて違和感があるわね」  「どうなっちゃうんだろうね」  「……なるようにしかならないよ。雨の日休暇が日常になったように、何があっても日常に変わっていく。怖いけどね」  「私、これが日常になるのは……嫌だな……」  どんなに安全と言われても、少なくとも自分の関わる世界が平和じゃなきゃ心から楽しむのは難しい。日常あっての非日常、安らぎが楽しめるのだ。真紀は顔を(くも)らせる麻衣を見て静かに(うなず)いた。  「そうね。私も嫌よ。……てるてる坊主でも作ってみようか」  非現実的だけどと言いながらの提案に麻衣はあたたかい気持ちになって頷き返した。  「てるてる坊主創材料ってあるかな?」  「紙、布、セロファン、和紙……何がいいですか?」  「⁉」  ものすごく自然に会話に入って来た静かな声に2人は声にならない悲鳴をあげて互いの手を握った。振り向くと真っ黒いローブを羽織った女性……巣篭りコクーンの年齢不詳のオーナーが立っていた。  「リボンも紐もありますよ。……てるてる坊主の材料コーナーを作ってもいいかもしれませんね……」  思い付きを実行するつもりなのか音もなくオーナーは去って行った。心臓をバクバクさせながら2人はその場にへたり込む。  「今のは怖い。怖過ぎる」  「びっくり、した……」  しばらくその場で座り込んでいると視界の端にシーツで作ったらしい巨大なてるてる坊主を抱えて(よぎ)るオーナーが目に入った。頭に大きな太陽の絵が描かれている。まずは自分からということらしい。他のスタッフに脚立(きゃたつ)を持ってきてもらい天井に近いところに吊るして満足気に頷いている。それを見ていた人が1人、2人とてるてる坊主コーナーに近寄っていくのが見えた。  「……私達も行こうか」  「うん」  真紀はスカーフを使っていつぞや見たレインコートのように派手な黄色のてるてる坊主を、麻衣はシンプルながらガーゼを何枚か重ねてひらひらを多くして(すそ)に太陽マークを描き入れた。気が付けば共有スペースだけじゃなくコクーンと呼ばれる個室の入り口にもてるてる坊主が揺れ出している。オーナーにつられたように太陽マークが多い。麻衣はこんなに同じ想いの人がいるんだと(はげ)まされる思いで両手を合わせて祈った。真紀も手を合わせる。  「晴れますように!」
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