千回目のエンディング。

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「……えー、ただいま、留守にしております」 「なんだ、留守か。仕方ないねぇ……」 「え!?」  居留守作戦は成功し、お妃さまは毒りんごをその辺にぽい捨てして去っていった。  そんな危険物、放置しないで欲しい。小人さんが間違えて食べたらどうしてくれよう。  それでも命の危機を脱した私は、思わず沙雪ちゃんに向けて、満面の笑みでピースをする。お澄まし顔よりずっといい。 「白雪姫、死なないの!?」 「えへへ、たまにはいいでしょ?」  興奮した沙雪ちゃんは、そのまま次のページを捲る。暗殺に失敗したお妃さまがお城に戻り、魔法の鏡で私の生存を知って、手を変え品を変え私を殺そうとする。  そしてその度に、私は殺されまいと死亡フラグを回避していった。 「白雪姫、すごい!」 「ふふっ、まあね。今時、お姫さまだって助けを待つだけじゃないのよ」  本来の物語を無視し続けた結果、使われなかった硝子の棺は今や七人の小人さんたちと食糧を入れるのに使っているし、今回出会わなかった王子さまはとっくに森を抜けて、今頃帰りついたお城で別のお姫さまと結婚でもしているのだろう。  王子さまと結ばれて終わるような、一般的なハッピーエンドとは違うけれど、今の私はとても満ち足りた気持ちだった。 「……でも、こんなに自由に動けるのは初めてね。千回も読まれたせいで、何か変化があったのかしら……?」 「あのね、わたし、いつもの白雪姫も大好きだけど、今日の白雪姫が一番好き!」 「あら、ありがとう、沙雪ちゃん。……同じお話を繰り返し読むのも悪くないけれど、たまには、こうして別のお話を作って欲しいわ。そうすれば、私も退屈しないで済むもの」 「うん……! まかせて!」  沙雪ちゃんは、今まで見た中でも一番のキラキラした笑顔を浮かべていた。  次のページで、この物語は終わる。こんな風に自由に物語を変えられるチャンスは、最初で最後かも知れない。  私はどうするべきか考えた。せっかくなら、特別なとびきりの結末がいい。沙雪ちゃんも、どんなラストを迎えるのかとわくわくした様子だ。  しかし不意に、ノックの音と共に沙雪ちゃんとは違う声が聞こえた。 「沙雪ー? 誰とお話ししてるの?」 「あっ、ママ! みてみて、白雪姫ね、生きてるの!」  沙雪ちゃんはいつもと違う絵本を隠すでもなく、そのままお母さんへと差し出した。 「んー? どれどれ……」  内容が変わる絵本なんて、下手すれば呪いの本だとか思われるかもしれない。  けれど沙雪ちゃんの手を離れた私は、その場から動けなかった。絵本のお姫さまにあるまじき、冷や汗をだらだら流した焦った顔を、沙雪ちゃんのお母さんに晒すしか出来ない。 「……」 「……」  視線と沈黙が痛い。こんなことなら、硝子の棺に食糧なんて入れず、空けておけば良かった。最悪そこに避難して、それこそ死んだふりでも出来たものを。 「あら。本当ねぇ……ふふ、この子もきっと、自由になりたいのね」 「この子、も……?」 「決まりきった物語だけじゃ、つまらないもの」  そう言ってお茶目にウィンクする、とても綺麗な沙雪ちゃんのお母さん。こんな人なら、王子さまも一目惚れ間違いなしだ。 「ねえ白雪姫。まだラストを決めてないなら、あなたも、ちょっと冒険してみない?」 「え……?」  沙雪ちゃんのお母さんは、そう言って内緒話のように密やかに、私と沙雪ちゃんに、素敵な物語の続きを聞かせてくれた。 *******  子供部屋の本棚の奥には、もう読まれていない本が詰め込まれているらしい。  その中に、おばあちゃんの代からある『硝子の靴だけ残されて、お姫さまが居なくなってしまった』とても古い絵本が一冊。  そして、同じく『硝子の棺が残されて、お姫さまが居なくなってしまった』まだ新しい絵本があると知ったのは、私がお姫さまじゃなく、沙雪ちゃんの妹、白雪として生まれてからの話。
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