千回目のエンディング。

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「三時のおやつのアップルパイは食べたし……晩ごはんまで暇だなぁ。……そうだ、白雪姫読もう!」  ああ、また開かれてしまう。  このニコニコとした可愛らしい女の子、沙雪ちゃんは、近頃『白雪姫』の絵本に夢中だった。  名前に『雪』がついていてお揃い、なんて単純な理由で、飽きもせず、何回も同じ物語を繰り返しなぞるのだ。  夜はいい加減もう寝なさいってお母さんに言われても、「あと一回、もう一回」なんて布団の中で駄々を捏ねて、朝も小学校に行く前の僅かな時間に開いたりする。  そして、多分これで、ちょうど千回目。  よく本棚で隣になる赤ずきん先輩は「昔はお母さんが読んでくれる、寝る前の一回だけだったのよ」なんて言っていたけれど、自分で字が読めるようになった沙雪ちゃんは、お母さんの読み聞かせを待つことなく、自分の好きなタイミングで絵本を開くようになっていた。 「……むかしむかし、あるところに、とても美しいけれど、性悪なお妃さまが居ました」  何度も聞いたけれど、子供向けの絵本で『性悪』なんて言い回しどうかと思うわ。 「お妃さまは、なんでもわかる魔法の鏡を持っていました。お妃さまは、毎日魔法の鏡に同じ質問をします。『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?』すると鏡は、いつも『もちろん、お妃さまが一番です!』と答えるのです」  毎日毎日同じ質問をされる魔法の鏡も、可哀想に。いい加減嫌気がさすだろう。私はやけに共感を覚えた。 「しかしある日、魔法の鏡の答えはいつもと違いました。『世界で一番美しいのは、あなたの娘、白雪姫です!』『なんですって!?』予想外の答えに、お妃さまはカンカンです」  きちんと魔法の鏡とお妃さまの声色を使い分ける辺り、将来有望だ。沙雪ちゃんは、女優さんや声優さんに向いているかもしれない。  沙雪ちゃんがいつものように絵本を読み進めると、次のページには鏡に映った『世界一美しい白雪姫』が描かれている。  そう、私の顔だ。漆黒の髪に、雪のように白い肌。綺麗に見える角度で、はい、ポーズ。……いい加減、このお澄まし顔を作るのにも飽きてきた。 「お妃さまは、猟師に白雪姫を殺すように命令しました。『あの子が居なくなれば、私がまた世界一に返り咲くのよ!』お妃さまの高笑いがお城に響きます」  相変わらず自己中心的なお妃さま。そんな醜い嫉妬で毎回殺される、こっちの身にもなって欲しい。  セリフには書いていない高笑いまで完璧な沙雪ちゃんは、ひとしきり笑ってから呼吸を整え、またページを捲る。 「猟師はお妃さまの命令で、白雪姫を森まで追いかけます。でも、心優しい猟師は白雪姫を殺さず、森の奥へ逃げるように言いました」  そうそう。猟師さん、いつも優しいのよね。お妃さまに、彼の爪の垢を煎じて飲ませたいわ。  私は猟師さんに見送られ、一人森の中を歩く。逃げなさいとか簡単に言うけれど、ドレスにヒールで山道を進むのは、正直難易度が高過ぎる。せめて装備を整えさせて欲しい。 「そうして白雪姫は、山をひとつ越えた森の奥で、小人たちの暮らす家を見つけたのです」  登山に疲れてぐったりした私は、小人さんの家のベッドで休ませて貰う。そして目が覚める頃には、山仕事から戻った七人の小人さんたちと出会うのだ。  もう何度目かもわからない再会を、彼らはそれでも喜んでくれた。初対面のはずの場面なのに、いっそ「ただいま」と言いたくなるくらいだ。 「白雪姫と七人の小人たちは、お仕事を分担して、仲良く暮らすことになりました」  絵本の中の存在である私は、こうして沙雪ちゃんに読まれると、当然のように同じ行動を繰り返すしか出来ない。  これまで何度も何度も、同じ物語を繰り返してきた。だから、正直、いい加減飽きてしまっていたのだ。  毒りんごを食べて死ぬのも楽じゃないし、わざわざ王子さまに起こして貰うのだって、もううんざり。  先の展開がわかってるんだから、毒りんごは回避したい。あわよくば、命を狙われたりせず、七人の小人さんたちと平和に仲良く暮らしたい。 「……あとは死ぬの確定だけど……一回くらい、変えちゃおうかしら」 「えっ?」 「……、え?」  私の呟きに、沙雪ちゃんのページを捲る手が止まる。思わず見上げると、沙雪ちゃんもぽかんとした顔をしていた。もしかして、声が届いたのだろうか。 「あ……えっと、次、どうぞ」 「え、あ、うん……」  初めてのことにお互い動揺しつつも、沙雪ちゃんは恐る恐るページを捲る。  次のページは、まさにお妃さまがお婆さんに化けて、私に毒りんごを売りに来る場面だ。
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