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ピカピカッと眩しくなって、ゴロゴロゴロッと窓が揺れて、私は目が覚めたの。なんだか、ぼーっとしてたけど、だんだん意識がはっきりしてきて、雨の音が聞こえてきた。
だけど動けない。身動きひとつできない。
それに私、窓辺に吊るされてるわ。
カーテンレールから伸びた麻紐が、私の首に巻き付けてある。窓にうっすら反射した姿は、白くて丸い団子頭と傘のような体。これ、どこからどう見ても「てるてる坊主」よ。ぱっちりお目目に、とっても長いはっきりしたまつ毛、にっこりした口が描いてある。体には拙い字で「ゆきみ」って文字。
私の名前かしら?
ゆきみって…… 全然、雪降る季節じゃないのにね。
すぐに隣に、もう一体? 一人? 1匹? てるてる坊主がぶら下げられた。
「あの〜、てるてる坊主さん。あなたも、てるてる坊主さんですか?」
「……」
「あ〜、まだ喋れませんか?」
「だいふくって知ってるか?」
「えっ?」
「だいふくって?」
ちょっと、私より太い彼はそういったの。彼? 彼でいいのかな? まゆが太くって、あんぐりと口を開けている。
「あなた、男?」
「だいふくだ」
「え?」
「だいふく君と呼ばれた」
「ああ、名前ね。良く見ると体に書いてあるわ」
「そうなのか?」
「見えないのね。私は、ほらここに『ゆきみ』」
「そうか。だいふくは名前か。じゃ、俺はやっぱりてるてる坊主か。なーんだ、自分が、大福なのか、てるてる坊主なのか分かんなくなったけど。合点がいった」
「よろしくね。だいふく君」
「ああー、よろしくな。謎はひとつ解けた」
「ふたつ解けたわ」
「なんだって!」
「私は「ゆきみ」あなたは「だいふく」」
「……なーんてこったい。うまそうじゃねーか」
「だんだん分かってきた。私たちを作ってくれた、ひなちゃんの記憶が少しずつはっきり。明日遠足があって、雨を止めて欲しいのね」
「それは記憶じゃない。願いだ。明日、遠足行けますように。雨が止みますようにって」
「そうね。だけど、私、うっすらと他のことも分かるわ。あの白い丸いおもちのアイスが食べたいのよ」
「それも、お願いされた」
「え」
「それもひなちゃんの願いだぜ」
「私たち、てるてる坊主よ」
「お願いされちまったんだ」
「どうしましょうね」
「それだけじゃない」
「え、まだあるの?」
「分かるか?」
私は意識を集中させてみた。
内なる扉を開けて、ひなちゃんの願いを手繰り寄せる。
な、なにかいろいろあるわ……
ぐわーっとある。願いの山がぐわーっと。
「いったん、閉めときましょ」
見なかったことにしました。
「えー、さて、どうしましょ」
私はだいふく君に問うた。
「とにかく、雨を止めるか」
「できるの?」
「できない」
「てるてる坊主なのに?」
「てるてる坊主なのに」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「じゃ、どうするの?」
「どうしようかね」
頼りにならないわね。
でも、その気持ちも分かるわ。
だって、まったく動けないんですもん。
私は、窓辺にチラッと映ったひなちゃんを見た。
小学1年生のひなちゃん。よっぽど遠足を楽しみにしてたのね。
空を見上げた小さな顔は、今にも泣きそうだった。
「ひなちゃん」
って呼びかけたけど、私の声は聞こえないみたい。
なんだか、胸にグッと来たの。なんだろうこの気持ち。
ひなちゃんの横に、お母さんが立ってそっと肩に手を回したわ。
ああ、私、半分はお母さんに作られたんだわ。
なんとなーく。作られた時のことも思い出した。
「俺は、お兄ちゃんだ」
だいふく君がポツリと言った。
「お兄ちゃんに半分作ってもらってた」
「そう」
なんだか納得したわ。
私とだいふく君、だいぶ系統が違うと思ったのよね。
顔も文字も。
「ま、あきらめるか」とだいふく君がため息ついた。
「なんですって! いやよそんなの! 私はやるわ。雨を絶対止める!!」
「でも、俺たちてるてる坊主だからな。身動きできないし。なーんもできないぜ。てるてる坊主なんてそんなもんさ。どうせ、俺たちの命も明日まで」
「でも、でも、私はただのてるてる坊主じゃない。ひなちゃんに作ってもらった、ゆきみちゃんだもん。諦めないわ」
「……俺だって、ひなちゃんに作ってもらった、だいふく君だぜ」
「でしょ! 絶対に雨を止めるわよーーーー!!」
私は気持ちだけ拳を振り上げた。
しかし…… どうしたものか……
「ウォホン、まず、いまある状況を整理しましょう。シンキングタイムよ。1、私たちはてるてる坊主。わたしはお母さんと一緒に作られた『ゆきみちゃん』、あなたは、お兄ちゃんいっしょに作られた『だいふく君』」
「おい、そんな情報いるか?」
「いるわよ。どんな事が役に立つか分かんないんだからね!」
「お、おう」
「2、私たちは全く動けない。 3、てるてる坊主同士はお話しできるみたい。 4、人間には私たちの声は聞こえないみたい。 5、5、5……」
「俺たちはある程度、作ってくれた人たちの事が分かる。だからこうやって知識もある」
「そう、それ重要。そして、6、願いの扉から願いを見ることもできたわ。7、7……」
「見える。身動きできないけど、ものは見えるぜ」
「そうね。7、見える」
「……」
「……」
「そんなもんか」
うーん。どうしたものでしょう。ま、整理すると。
1、私たちはてるてる坊主。わたしはお母さんと一緒に作られた『ゆきみちゃん』、お兄ちゃんいっしょに作られた『だいふく君』
2、動けない。
3、てるてる坊主同士はお話しできる。
4、人間に声は届かない。
5、作った人の知識がなんとなく分かるみたい。
6、願いの扉を開くと作った人の願いがわかる。
7、目が見える。
「で、どうすんだよ」
「考えるのよ。考えるの、考えるの……」
私は独り言を呟きながら考えた。けど、いい案どころか、何の案も浮かばなかった。
「しょせん無理なんだよ。お祈りだけしようぜ。お天気だけはお天道様に任せるしかないからな」だいふく君がポツリと言った。
「ピッカリ〜ン! それよ!!」
「え?」
「お天道様よ」
「おう……祈るのか?」
「違うわよ」
私は大きく息を吸った、多分。そして、
「おーてーんーとーさーーまーー!!! あーーしーたーー、てーーんーきーーにーーーしーーーてーーーおーーくーーれーーーー!!!!」
叫んだ。
「……」
「……」
「無駄だろ」
「うるさい」
と言って、それから、私は何度も何度も叫び続けた。あきらめない。あきらめたらそこで試合終了よって、お母さんの記憶に入ってた。誰か偉い人が話してたわ。だから、私は諦めず叫び続けた。
「おーてーんーとーさーーまーーーー」
そしたら、「うるさーーい!」って庭から声が聞こえたの。
「誰?」
出てきたのは、ちいさな着物姿の女の子だった。ひなちゃんぐらい。大きな葉っぱの傘を持っている。
「妖怪あめふらしだ」とだいふく君がポツリと言った。
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