早朝の着信

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早朝の着信

 懐かしい夢を見た。  まだ世界が単純で美しいと思うことが出来た頃の、子供時代の最後の想い出。  かつては親友だと思っていた人と、無邪気に笑い合っていられた懐かしい日々の名残だ。 「馬鹿みたい……」  瑞希とは、もう5年は会っていない。  高校卒業後、瑞希は東京の大学に進み、明里は地元で就職した。  瑞希の家族も仕事の都合で引っ越して、この町にはもう誰もいない。  すでに、お互いの生きる世界が違うのだ。 「なんであんな夢見ちゃったんだろう」  軽くため息をついて起き上がり、パジャマの上にカーディガンを羽織りながらキッチンに向かう。  冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのボトルを取り出して一気に飲み干すと、ぼんやりと霞がかかったような思考がようやくはっきりしてきた。 「あれ? 着信だ」  スマホのロック画面に着信通知がいくつも並んでいる。  慌てて手に取って表示を見て、思わず凍りついた。  表示されていた番号は…… 「瑞希?」  時計を見ると、まだ早朝だ。  着信履歴は、深夜と呼べそうな時間から何度も電話がかかってきたことを語っていた。  折り返し電話をかけるのは腹立たしい。しかし、無視してしまうには、異常な事態。 ――何の用?  迷ったあげく、一言だけショートメールを送信した。  すぐにライトが返信を告げる。 ――お母さんが死んだ。お葬式に来て。 「冗談じゃない」  舌打ち一つ。  瑞希が今「お母さん」と呼ぶ女性は、かつて明里を置いて家を出ていった。  血を分けた娘は何も言わずにあっさり捨てたくせに、素知らぬ顔で幸せな家庭を築き、生さぬ仲の娘とは睦まじく過ごしている。  そんな血の繋がっただけの他人が死んだところで、明里に何の関係があるというのだ。  断りを入れようと入力画面を立ち上げたところで、また新たなメールの着信。 ――明里のお父さんには絶対に内緒にして  確かに瑞希は明里の父を毛嫌いしている素振りがあったが、それでもかつて妻だった人の死を頑なに伏せたがるのは穏やかではない。  何か特殊な事情でもあるのだろうか? 「いったいどういうこと?」  思わずこぼれてしまった呟きに、文字の羅列が答えることはなかった。
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