Walk Between Raindrops

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雨が降ったら仕方がないんだ。 カエルだったら良かったんだけど、人間なんだから雨に濡れたくはない。 たまにはずぶ濡れになるのも良いかもしれない、そんな気分の時も勿論あるけれど、大抵は自分の身につけながら自分の肉体じゃないほとんどの物は濡れてしまったら厄介な、とても不自由な物だから。 腕時計もウォレットも眼鏡も、出来たら雨に濡らしたくなんかないんだ。 ドラッグストアーに買い物に来ていた。 スペアミントの歯磨き粉にライムの食器洗剤、幅のある絆創膏(ばんそうこう)とジンジャーエール。 入店する時に見た空模様では、一角にやや(かげ)ろうのが見えたけれど、そこ以外は晴れていて、こちらに来るとしても時間はあるものだろうと思っていた。 だから会計を済ませて外に出ようとした時に外が土砂降りになってたのにはまいった。 叩きつけられる雨粒で路面近くが水煙があがっている。 ストアーはアパートと近いので普段から歩きで行き来していた。 自動ドアのガラスの向こうは雨に閉ざされ見える範囲の道路には薄く川が出来ていた。 少しだけ高さのある土台で店舗の方までの浸水はないと思うが、正面のドアのガラスは雨の飛沫で覆われている。 雨に降られるとは思わなかったので、当然傘を持っていない。 今、自分は外に通じるドアーと、売り場を隔てるドアーの隙間のスペースにいる。 「風除室(ふうじょしつ)」と言われる部分で、店内へ外の空気が直接流れ込んだりするのを防ぐ役目もある。 スーパーなどの商業施設では積まれた買い物カゴを置いてあったり、コロナ禍以降は手指用の消毒液のディスペンサーも設置されていたりする。 こちらの店舗でもそう配置されてはいる。 音を立てて吹き付ける雨粒。 背後のドアーが開いて気配がした。 反射的に振り向くと、エプロンをつけた店舗スタッフが、ゴミ箱を置いた。 普通のゴミ箱ではなく、そこから延びた棒に濡れた傘を入れる細長いポリ袋を吊してあるものだった。 こんな豪雨の中をやってくるお客がどれくらいいるものか……。 雨が止まない。 風除室で足止めを食らっている。 入国許可の手続きが下りずもたついたまま空白の場所に宙ぶらりんの気分だ。 時間をつぶすために売り場に再入場でもしようかと頭に浮かんだけれど、買い物が済んだばかりでどうにも格好が悪いようにも思える。 早いところ止まないものかと見ているけれど、一向にそんな様子がない。 雨の中を走って帰ろうか? いや、こんな中ではもう川や海を泳いでゆくようなものだ、洗って乾かせる衣服以外のものをダメにしてしまうだろう。 でもたまには魚になるのも良いのではないか。 手持ち無沙汰に背後を見る。 繰り返しのテーマ音楽……チェーン店オリジナルの歌が流れる、売り場に通じるドアー。 自分は必要なものは全て買ったし、もう用事は無い場所……、と。 今、まさに今、自分には必要なものがあった。 傘だ。 でもアパートに帰れば何本かの傘……コンビニエンスストアーで買った白い柄の透明なビニール張りの傘が幾つもあるというのだ。 この帰り道、一度差すためにだけに買う意味は本当にあるんだろうか。 もう少し待てば雨が弱まるかもしれないのに? 豪雨が続いていた。 止むのを待っていては帰れないだろう…… 売り場に戻り、ちょうど出入りする脇に置かれたビニール傘のコーナーを見、一本手に取った。 レジで会計を済ませた後、柄に店のロゴ入りのテープを貼ってもらい、包装のビニール袋を外し捨ててくれるように頼んだ。 すぐ使う、直接差して帰るので…… 言い訳めいた言葉を告げてから風除室に向かった。 そこに立ち傘のネームバンドを外そうとしながらドアーから外を見た。 風景がクリアに見えていた。 呆然としながら外に出ると、雲間から太陽が出て地上を照らしていた。 降り始めと同じく、まったく唐突に雨が止んでしまった。 雨上がりの少しぬるい風が吹く中、ついに開くことなくアパートまで持ち帰ることになった傘を手に、非常に釈然としない顔で、今、歩いている。
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