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その日は朝から雨で、大学の前期末の試験が行われる日だった。
午前中に受けた一教科目は散々たるありさまで、このままでは留年もやむなしと思われるほどだった。
何とか午後の強化で巻き返しを図りたい。
午前中で降りやんだ雨のように、午後からは僕も心に広がる暗雲を振り払うのだ。
部室棟と呼ばれる建物の一角にある文芸サークルの部室にて、僕は午後の試験へ向けての付け焼刃作成を猛然と開始したのであった。
静かな部室にて、聞こえるのは自分の走らせるペンの音ばかり。
史上まれにみるほどの集中力を発揮しているのが自分でもわかった。
これなら……このままならいける。
そんな確信を持った矢先だった。
「やほやほー」
間抜け、としか言いようのない挨拶とともに部室に入ってきた人物が一人。
声と言いセリフと言い、間違えるはずもなかった。
月瀬花梨。僕と同じ大学二回生に所属する、いわゆる同期だ。
「やあ、ここにいると思った」
「じゃあ来ないでくれよ」
顔も上げずに僕はバッサリと彼女の言葉を切って捨てた。
「酷い言い方。私だってここの所属なんだから、部室に来る権利はあるわよ」
確かにその通りだが。
「じゃあ、邪魔しないでくれよ。勉強してんだからな」
「勉強? ああ、試験勉強? 今更じゃん」
「うるさいな。黙っててくれ」
「……やな感じ~、顔も上げないでさ」
何とでもいうがいい。
僕は辿り着いて見せる。合格の……進級のラインにな。
その後、少しの間だけ花梨は静かだった。だが、それはせいぜい五分ほどのこと。すぐに彼女の声が静かな部室と言う環境を破壊し始めた。
「今日、蒸し蒸しすんねー」
「雨降ってたからな」
「足元もべちゃべちゃだしさ、やんなっちゃう」
「……ああ、そう」
「空気も湿ってるしさ、なんかあるじゃん湿気の匂いみたいなの。あれ、あんまり好きじゃないかも」
「……ああ、そう」
「しかも……」
「なあ、黙ってくれって。勉強してんだって」
彼女の言葉を、僕はまた顔も上げずに言葉だけで遮った。
きっとむくれているだろうが、知ったことじゃない。
とにかく今はテストに集中しなければ……。
僕の態度に怒りを感じたのか、花梨は言いかけた言葉を引っ込めてくれた。
そして、再び静かな部室が戻ってきた。
ちょっとだけ、僕の心には罪悪感が生まれていた。
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