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ーーー時は遡ること1週間前。
「…もうやめにしないか」
「え?」
美沙代の夫、修也の唐突なひと言に、美沙代は驚いた。
いや、唐突ではなかったのかもしれない。夫はずっと前からこの言葉を言いたくて、それを飲み込んで、ここまできたのかもしれない。
「もう、6回目だろ。ここまできて駄目なら、駄目なんだよ、きっと」
6回目、というのは体外受精の話だ。
美沙代と修也は、3年前から不妊治療に励んでいた。
「そんな…できることはやろうって言ってくれたじゃない」
「それは言ったよ。だからここまでやってきたじゃないか。でも、もう可能性がないだろう」
「なんでないって決めつけるの。ほんの1%でも可能性が残ってるならさ、やろうよ」
「こんなに神経をすり減らしてまで?金と時間をこんなに犠牲にして、毎回同じ結果聞かされて。そこまでして子どもがほしいか」
「ほしいよ…ほしいから頑張ってるんじゃん。えっ、ていうか修也は子ども欲しくなかったってこと?」
「そんなことは言ってない」
「言ってるよ!それに痛い思いしてるのは私の方だからね。何が犠牲よ。私の身にもなってほしいんだけど」
「だからやめようって言ってるだろ」
「最低!そんなの私の望んでいることじゃない…」
修也は大きなため息をついた。
「はぁ…わかったよ。じゃあ、あと一回にしよう」
「………」
「美沙代、俺は何も子どもが欲しくないなんて言っていない。子どもが欲しいのは俺も同じ。それは結婚のときから変わっていない。
そうじゃなくて、子どもを得るために躍起になって、周りも自分のことも見えなくなってるんじゃないのってことを言いたいんだ。わかるだろ?」
「………」
「そりゃ俺だって、可能性は潰したくないよ。けど、長く続ければ続けるほど、俺たちの関係も生活も破綻する。
だから、あと一回にしよう」
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