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あと一回だった。
彼はピッチャーズマウンドにいた。
「あと一回」キャッチャーは叫んだ。
夏の高校野球選手権大会決勝戦で彼の野球部は制覇間近であった。
二点リードで九回裏二死、満塁だった時カウントダウンツーストライクノーボールで、打者はここまで全打席三振の一年生だったのだ。
彼は相手チームの監督はどうして代打を出さなかったのか疑問はあったが、簡単にしとめる自信はあったので気楽に投げていた。
しかしさすがに選手権大会決勝戦の、あと一つストライクとなると緊張してしまった。
スコアは二対〇で彼のチームは優勝目前だった。
思い切って投げた。バットの先に当たった左打ち打者の打球はサードのファールフライになった。簡単な打球だ。勝負あったと彼は喜んだ。
するとそこで彼は信じられないものを見た。
三塁手が足をとられて転び、ボールをキャッチできなかった。
「ドンマイ」皆声をかけていた。
その後の一球は叩きつけられた左打者の打球が一塁手の左を抜いて一塁線を転がっていく。長打になりそうだ。
かれは焦りながらキャッチャーの後ろにまわった。走者一掃のサヨナラ打となり、二対三で彼のチームは優勝目前で逆転されて負けた。
彼は悔しかったが涙は出なかった。
誰もが彼のチームの三塁手を責めなかった。
「準優勝だ」彼は言って試合後の本塁を挟んで並ぶと列に並んだ。
両チームの健闘をたたえあった。
相手チームの校歌を聞きながら彼は無言になった。
彼はほんの少しだけ悔しかった。何と彼は決勝戦まで無失点ピッチングだったのだ。
そんな天才は負けたのだ。
打たれちゃったからな、と彼は笑った。これから閉会式やるの? 彼のチームの野球部員たちはげんなりとした顔をしている者もいた。
彼は決勝戦を楽しみ、閉会式を楽しんだのだ。
「皆がんばったな」球場内の通路で彼はキャッチャーと固い握手をした。彼は甲子園球場を離れる時にまた来てみたいな、とバスの中からつたのからんだ壁を見た。彼は近いうちにまた甲子園球場に来るような気はしたのであった。なぜだか理由はわからなかったのだ。
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