あなたが嚙んだ指

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人生には、どうしても抗いきれないものがある。 不可抗力。 いや、これは自分で望んだのか? 薄暗い部屋の中に湿った音が響いていた。 荒い息。 漏れるのは甘い声。 「……ン、ふ……っ」 耐え切れなく鼻から漏れる自分の吐息に、耳をふさぎたくなる。 「そんなにイイの? ココ……」 笑いを含んだ声音に、体の芯が痺れそうだ。 「も……、やめ……」 逃れようとするおれの手首をしっかりと掴んだまま、(たける)は不遜な笑みを零した。 「好きなくせに」 そしてそのままおれの指に舌を這わせる。執拗に繰り返される抜き差しに、指先がふやけてしまいそうだった。 尊がさっきから攻め立てているのは、おれの左手の薬指に光る指輪だった。 将来を誓う証。貞操をあらわすもの。 「は。貞操って……笑わせる」 わざと音を立てて吸い付く尊の口内が温かくて、自分がされている行為がありありとわかってしまう。 「このままおれが飲み込んじゃったりして」 「やめ……っ、あ、痛い……」 指輪を齧られて、カツンと歯があたる音がした。その歯がおれの指の肉も噛む。 「オクサンにばれちゃう?」 「やめ……」 おれは妻帯者だ。 若くして大学の助教授にまで登りつめたおれは、恩師でもある教授の娘を紹介されそのまま結婚した。 その頃のおれは恋人にこっぴどい目に合わされて、半ばやけっぱちで結婚したようなものだ。 それでもそれなりに幸せに暮らしていたはずなのに ひょこりと おれを振った男___尊がおれの目の前に現れたのだ。 「まさか、(ひかる)が結婚してるなんて思わなかったぜ」 薬指にはまる指輪を舌で回しながら、尊が冷たい瞳でおれを見る。 「なのに、おれにこうやってついて来ちゃうんだ」 「や……だって……、あ」 勢いよく吸われて、腰が砕けそうだ。 「おれの体、忘れられなかった?」 指を執拗に攻めながら、あいた手がおれの素肌を撫でていく。その滑らかな動きに堪えようにも堪えられない声が漏れる。 「……あ、ああ……尊……」 そしていきなり昂ぶりを掴まれてしまう。耳元で尊がくすりと笑った。 「まだ、指しか触ってないのに……ココ、こんなになっちゃったの?」 「や……っ」 さっきから恥ずかしいほど昂ぶっていたそこは、いつの間にか染みるほどに下着を汚していた。
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