七日後、君は死ぬ。だから僕は全力で君を描く。

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「ご乗船でしょうか?」 「……ええと、はい」 「お名前とチケットを頂けますか?」 「霧島(きりしま)(そら)です」 「はい。すぐにご出発しますので、お早めに御乗りくださいませ」  急かされながら、僕は船に乗り込んだ。  乗客は僕を含めて20人ほどで、女性がやや多く、家族連れもいる。 「ねえ、何願う?」 「就職活動がうまくいきますように、かなー」 「隆は何をお願いするんだ?」 「んーと、ライダーに会いたい!」 「ふふ、叶うといいわね」  船が出航してほどなく、大勢の人が願い事を確認し合うかのように話していた。  僕以外はみんな笑顔で溢れている。  20分ほど揺られながら到着。海の真ん中にポツンと小島が浮いている。  次の出航は一時間後、その間は自由に動く事が出来る。  船から降りると、目の前には石畳で舗装された道が続いていた。  その先にあるものが、既に木からはみ出すかのように見えていた。  ――願い事が叶う『弥栄神社』。  それが話題になったのはごく最近の事だった。  元々は地元民しか知らない、ただの小さな神社だったが、偶然訪れた有名なブロガーの記事で火がついた。  多くの人が噂は本当だったと広がり、今ではひっきりなしに人が訪れるらしい。 「大丈夫ですか? 船酔いですか?」 「あ、いえ……大丈夫です。ありがとうございます」  1人だけ大きく遅れながら、僕はゆっくりと前に進んだ。  木々が揺れると、海水の匂いがする。太陽が煌めいて、確かに神秘的な雰囲気を感じた。  『不合格』  ポケットに手を入れる。一枚の紙を握りしめた。  僕には夢がある。  それはプロの画家になる事だ。  いつか自分の絵を多くの人に届けたい。  そう――思っていた。 『不合格』  絵で食べていく事は難しい。  まずは有名な芸術大学に入学して、多くを学びたかった。 『不合格』  なのに僕は、三回目の不合格通知を手にしていた。  絵は毎日書いている。勉強もしている。遊んでもない。  けれども家賃に光熱費、画材費用を捻出する為にバイト漬けの日々。  いや、これは言い訳だ……本当に才能があるなら一発で合格できるはず。  今年で最後にしようと考えていた。でも、辞める勇気すらなかった。  諦める事ができないまま、神社の事を知った。  来年こそ、来年こそと思いながらチケットを予約し、遠方までやってきた。  なのに心は晴れなかった。こんなことをしている暇があるなら練習したほうがいい。  神頼みなんてありえない。僕が不合格なのも当然だ。  船に乗る前、僕は諦めようと決心した。  チケット破り捨てようとも思ってしまった。でも、できなかった。  そんなことを考えているうちに神社へ辿り着いた。  鳥居はなく、祠も小さかったが、確かにご利益がありそうに見える。  既に参拝が終わった人たちは船に戻っていこうとしていた。周りは何もないからだろう。  ゆっくり歩いて、ポケットの不合格を握りしめたまま、賽銭箱の前に立つ。  来年は合格しますように、その願いがなかなか言えなかった。  ……ごめん。  僕には無理だ。僕には、才能がない。 「()みたいになりたかった。でもダメだった。ごめんね」  諦めよう。  財布からお金を取り出して賽銭箱に投げ入れると、願い事を唱える。 『もう一度、君の笑顔が見たい』  振り返り、船に戻ろうとした。  だけどそのとき異変が起きていることに気づく。鳥が止まっていたのだ。まるで空中に停止しているみたいに。  頭痛がして、眩暈がする。  視界がぼやけていく。僕は――その場に倒れこんだ。    ◇ 「――ですか」 「――大丈夫ですか?」 「……え?」 「お怪我はありませんか!?」  ハッと目を覚ます。目の前には、知らない女性がいた。  服が白い。――白衣? ――看護師?  ハッと立ち上がろうとすると、鏡に映る自分に気づく。    見慣れた学校の制服。、白いカッターシャツに黒いズボン。  ――高校生の僕が、映っていた。  ……嘘だ。 「先生に――」 「すいません転んでしまっただけです。あの、ここは……谷田病院ですか?」 「え? そうですけど……本当に大丈夫ですか?」  ……そんな本当に? 夢?  いや、夢でもいい――。 「ひとまず検査を――」 「大丈夫です! ありがとうございました!」 「ちょっと!?」  看護師さんの制止を振り切り、東棟へ走った。  途中何度か怒られたが、確かめるまでは止まれない。    そして、302号室が見えてきた。    ……お願いだ。いてくれ。お願いだ。  もう一度、もう一度――。  扉は開いていた。  心臓の鼓動が早い。おそるおそる、なんてできなかった。  勢いよく中に入ると、一番右奥、そこにいたのは――。 「――美咲」  五年前(・・・)、すい臓がんで死んだはずの幼馴染、藤崎美咲が窓を眺めていた。  すると彼女は、僕が突然現れたことに驚いていたのか、目を見開いていた。  二人で声をあげることもできず、ただただ見つめ合う。  それからゆっくり口を開く。 「……()どうしたの?」 「あ、いや……その、気分は……どう?」 「今日は調子がいいよ。凄くいい」 「そうか。良かった……良かった……」  そして僕は、震える身体と足を何とか抑え込んで、美咲に歩み寄り。そしてあろうことか抱き着こうとした。  そして――。 「何してるんですか?」  その瞬間、看護師さんが現れた。  驚いた僕は飛び跳ねるかのように後ろに下がる。  すると美咲は、クスクス笑っていた。 「あ、いやなにも!?」 「仲良いのは知ってますが、ここは病院ですよ。さて、藤崎さん、体温測りますね」 「はい」  看護師の名札を確認した。やっぱり、僕の知っている人だ。 「ご気分はどうですか?」 「今日は凄くいいです。ここ最近で一番ですね」 「ふふふ、良かったです。空くんも来てくれましたしね」 「はい」  二人のやり取りを聞きながら少しだけ冷静に考える。  タイムスリップ? 夢? いや、そんなのありえない。  最後の記憶――。  『弥栄神社』  願いが叶った? 彼女に会いたいと願ったから?  ……でもなんで、なんでこの日付なんだ。  いやだ。いやだ。 「はい。じゃあ点滴しておくね」 「ありがとうございます」  僕は、壁に立てかけられていたカレンダーを見つめていた。  今日から七日後に、彼女は死んでしまうからだ。   ◇ 「ねえ空、どうかな? この前描いたんだけど」 「……凄い。凄く上手(・・)だよ」 「えーお世辞でしょ」 「いや、本当に。本当に上手だよ」  点滴が終わり、美咲は一枚の絵を見せてくれた。  窓から見えた鳥の絵だ。  絵を沢山勉強したからこそわかる。美咲が、どれだけ絵に心を、魂を込めているのか。  羽根の一枚一枚まで、まるで生きているみたいだ。  ……本当に凄い。 「えへへ、ありがとう。空は? ねえ、見せてよ」 「……いや、僕は下手だから」 「えー、この前は見せてくれたじゃん。じゃあ、新しく描いて?」 「新しくって、何を――」 「私」 「え?」 「私を、描いてほしい」  すると美咲がそんな事を突然言った。  驚くほど真剣な表情で、真っ直ぐに目を見つめながら。  五年前、確かにこんなやり取りをしていた。僕は絵を見せて、それで彼女は上手だと褒めてくれた。  だが大きく違うのは、美咲の絵を描きたいと言ったのは僕のほうなのだ。  彼女は嫌だと言った。今の私を見てほしい、と。 「……嫌かな」  嫌じゃない。描きたい。でも僕の絵は下手なんだ。  誰にも認めてもらえない。なのに美咲を描くなだなんて、おこがましい。  僕が画家になりたいと思ったのは、美咲の夢を叶えたかったからだ。  彼女はプロの画家になりたかった。  なのに僕は大学すら受からない。  でも、そんなのはもうどうでもいい。  今はただ、美咲と会えた事が嬉しい。  でも彼女は七日後に死んでしまう。  それは、間違いないだろう。  ……だったら。 「ごめんね、変なこといって――」 「わかった。描くよ」 「……いいの?」 「でも、下手でも怒らないでくれよ。できるだけ、その……頑張って描くけど」 「えへへ、怒らないよ。でも、可愛く描いてね」 「さあどうだろう。実物そっくりだとそうはならないかもな」 「ええ、ひどい」 「嘘だよ。綺麗に描く、それに、可愛いよ。美咲は」 「え、な、何言ってるの!?」  当時高校生だった僕は本音を言えなかった。  でも今なら言える。いや、今しか言えない。 「本当に綺麗だよ美咲は」 「……ありがと」  ただ、本当の気持ちは伝えられなかった。   ◇ 「病院に泊まりたい?」 「はい。お願いします」 「空くんと美咲ちゃんが仲いいのは知っています。でも、家族じゃなければ――」 「お願いです! 来週まででいいんです。お願いします。絵を、描きたいんです。彼女の絵を……だから、お願いします!」 「ちょ、ちょっと空くん!?」 「お願いです。本当に、お願いです」  僕はその場に倒れこんで背中を丸めた。もっといいやり方もあったのかもしれない。  だけど僕にはわからなかった。何度も何度もお願いして、七日間だけ病院に泊まらせてもらえることになった。  元々大部屋だったが、好意で個室に移動させてもらい、そこで寝泊りできることになった。 「七日間だけですから」 「はい! 本当にありがとうございます」 「いいのよ。その代わり……しちゃだめですからね?」 「え、なにを――いや、し、しませんよそんな!?」 「ふふふ、よろしくお願いしますね」  看護師さん、こんな気さくな人だったんだな。  扉を閉めると、どうやら美咲にも聞こえていたのか、頬を赤らめていた。  ……やっぱり、可愛いな。 「じゃあ描いていくよ。自然でいいから話しながらにしようか」 「わかった。なんか恥ずかしいね」 「そうかもな。でも安心して。絶対に可愛くかくから」 「……うん。なんか空、大人っぽくなったね。落ち着いてるようにみえる」 「そう?」  どうやら少しは成長しているらしい。  僕は自宅に戻って、自分の画材道具を持ってきた。使い慣れたものと久しぶりに触るものがある。  親にはまっすぐに説明した。美咲の絵を描きたい。そのためには時間がほしいと。  最初は断られたが、真剣な気持ちが伝わったらしい。  今が夏休みで良かった。  真っ白いキャンパスを見つめる。少し身体をずらすと、美咲がベッドにいる。  生きている。本当に、目の前にいる。  本当はずっともっと眺めていたい。絵を描かずに彼女とお喋りしながら時間を過ごしたい。  この目に焼きつけたい。  でも……美咲の願いを叶えたい。  看護師さんに、医者にも尋ねた。  あの時と同じで、もう治る見込みはない。  なら僕は全力を出す。  この奇跡を、絶対無駄にしない。 「それじゃ、描いていくね」 「うん」  最高の絵を完成させてやる。   ◇ 「ねえ空は、将来なにになりたいの?」 「……どうだろう。考えたことないな」 「んー、画家とかは?」 「無理じゃないかな。絵で食べていけるなんて本当に一握りだよ」 「そうかな。空ならいけるとおもうけど」 「美咲ならなれるよ」 「私は無理だよ。どうせすぐ死んじゃうから」 「……わかんないだろ。奇跡って言葉もあるし、突然病気が消えるかもしれない」 「スピリチュアルな話は嫌い。私は死を受け入れてるよ。だから、未来に期待なんてしない。でも、空は違うでしょ。これからよ。だから、頑張ってほしいな」 「……考えとく」  美咲の絵に全力を尽くしながら、僕は申し訳ないと思っていた。  もっと努力していれば、もっと才能があれば、もっと上手だったら胸を張れていた。    でも、言い訳なんていってられない。今できることをする。 「ねえ、何で見せてくれないの」 「完成品を見せたいんだよ。お楽しみってやつ」 「ふうん、そう。だった私も暇つぶしに絵を描いていい?」 「いいけど、何描くの?」 「窓から見える風景。好きだから」 「完成したら見せてね」 「考えとく」  すると美咲は、窓を何度か見ながら絵を描くようになった。  これも前回にはなかったことだ。  一日、二日、三日と過ぎた。  一緒にご飯を食べた。看護師さんが気をきかせてくれて、二人分をいつも用意してくれた。   「ねえ空、まだ起きてる?」 「起きてるよ」  流石にベッドは別々だった。欲を言えば、肌のぬくもりを感じたいとも思っていた。  だけどそんなことは言えなかった。 「……こっちに来てほしい」  すると彼女が背中を向けながらそう言った。  僕は静かに「いいよ」と言って、彼女のベッドにもぐりこむ。  背中ごしに彼女を抱きしめた。細い。とんでもなく細い。 「……ありがとう空」  彼女がなぜお礼を言ったのかはわからなかった。  言いたいのは僕のほうだ。君のおかげで僕は絵を描く楽しさを教えてもらったのだから。 「ねえ、あの日のこと覚えてる? 私を助けてくれたとき」 「ああ、覚えてるよ」  あの日とは、僕と美咲が仲良くなったきっかけだ。  小学生の頃、僕はサッカーが好きで、絵なんて書いたこともなかった。  でも美咲は逆で、本を読んだり、絵を描くのが好きな女の子だった。  ある日、図書室に用事があって扉を開けると、美咲が虐められているのを目撃した。そいつは身体がデカくて強くて、悪いって有名な男子生徒だった。 『やめて、返して――』 『学校で絵なんて書きやがって――いてっ、なんだてめぇ!?』 『人の好きな物をバカにするな』  結果をいえば、僕はボコボコにされた。でも美咲は涙を流しながら、ありがとうありがとうといってくれた。  それから僕たちは仲良くなったのだ。 『すげえ絵うまいんだな』 『そんなことないよ。ねえ、空も描いてみて』 『やだよ。下手だし』 『一回、一回でいいから!』 『……ほら、こんなのしかかけない。もうやめ――』 『あと一回描いて? ね?』  美咲の口癖は、あと一回だった。  口車に乗せられて、僕は何度も絵を描いて、いつの間にか上達した。 「本当に嬉しかった。私の事を助けてくれて、絵を褒めてくれて、描いてくれて」 「……でも何度も書いても上手に描けないんだよ。どれだけ頑張っても、ダメなんだ」  気づけば僕は、自分の気持ちを口にしていた。  美咲のほうが大変だというのに、なんて馬鹿なことを。  すると彼女は振り返って、僕を抱きしめてくれた。  綺麗な瞳だ。純粋で、僕の大好きな美咲。 「大丈夫。ダメならあと一回だよ。ね、それでだめなら、もう一回描けばいいの」  涙がとまらなくなる。美咲の言葉が、深く突き刺さる。  彼女はもうすぐ死んでしまう。なのに僕の事を気遣ってくれる。  こんなにも優しい彼女の為にも、最高の絵を描き上げる。  そして――。   「――好きだ」  今まで言えなかったことを、いつのまにか口にしていた。  僕だってバカじゃない。彼女が僕を気に入ってくれていることぐらいわかっていた。  でも、言えなかった。言えば、余計に苦しませると分かっていたから。  ただそれは違うと気づいた。自分が苦しかったからだ。彼女の気持ちなんてわからない。  すると美咲は涙を流した。そして、微笑む。 「私も好き。大好きだよ。空」  僕たちはその日、何度も好きと言い合いながら眠りについた。  五日、六日、そして七日目が来た。  絵は後少しで完成だった。美咲の容態が急変したのは夜だ。それまでに、絶対に描きあげる。  今日は徹夜した。美咲の寝顔をずっと眺めながら描いていた。 「ん、おはよう。え、起きてたの?」 「ああ、もうすぐ描き終わるからね」 「えへへ、楽しみ」  昼食は美咲の好きなハンバーグだった。彼女は小食になったので、半分以上は僕にくれた。  美味しく食べる僕を見て、嬉しそうに微笑んだ。  夕方になり、僕は美咲に声をかけた。 「できたよ」  彼女は驚くこともなく、当然のように微笑んだ。  ふふふと笑って、絵を見せる。 「……私じゃないみたい。凄く、綺麗」 「これは美咲だよ。凄く綺麗だ」  絹のような黒髪、乳白色の肌、水晶のような瞳、透き通った鼻筋、赤い唇。  今までのすべてを詰め込んだ。自分でも満足のいく出来栄えだった。  美咲を、美咲のすべてを絵に込めた。  心優しい、彼女が絵の中で微笑んでいる。 「ありがとう。空、私の願いを叶えてくれて」 「そんなことない。僕も、ありがとう」 「えへへ、本当に大好き――」 「美咲、美咲!?」  するとそのとき、美咲の容体が急変した。  時間は、前回よりも早かった。  医師が来て、看護師が来て、やがて美咲は連れていかれた。  僕は願った。治ってほしい。奇跡が起きてほしい。  けれども美咲は、もう二度と目を覚まさなかった。  そこからは前回と同じだった。お葬式があって、大勢が泣いていた。  僕も、ただひらすらに泣いた。  それから月日が経過した。  同じ芸術大学を受けようと決心し、毎日絵を描いていた。  ニュースを見ていると少しだけ変わっていることに気づく。  試験の日、内容は違うかったが、自分なりに手ごたえはあった。  なのに。 『不合格』 「…………」  努力はした。毎日、毎日描いた。  でも、ダメだった。  周りからは初めてだから仕方ないと言われた。家族からも、次を受けてみたらと言われた。  でも僕にとっては四回目だ。  才能がない。頑張ってもダメだった。  自宅に帰ってから、昔の絵を引っ張り出した。  合格するまで見ないと決めていたが、約束を破りたくなった。  美咲の絵だ。  自分が書いたとは思えないほど上手く描けている。  この時より下手になった気がするのは気のせいだろうか。  そしてそのとき、額縁のふちがズレていた。  おかしいなとおもいなおそうとしたら、一枚の絵が出てきた。 「……僕?」  これは、美咲の絵だ。  そうか。あのときの……。  窓の外の風景ではなく、僕だった。  鉛筆書きだが、それでも凄く上手だとわかる。  凄いな美咲は。本当に。  そして、後ろを見るとビッシリ文字が書いていた。  そこには、驚くべきことが書いていた。 『空へ。これから言う事は凄く変な話です。でも、本当の話です。私は……死にました。でも、一度だけ生き返ることができました。ええと、これは嘘じゃないです。そして生き返れたのは、空、あなたのおかげです。天国で、天使様と会いました。一度だけ、もう一回だけ心残りをやり直す事ができると言われました。それができるのは、空が願ってくれたからだそうです。私は、凄く嬉しかった。私は、空が絵を描いてくれるといったのに、それを断りました。でも、最後に後悔しました。空に書いてほしかった。私の絵を、私を、残してほしかった。でも、私は戻れました。私が死ぬ、七日前に。びっくりしました。空が、部屋に来てくれて。凄く、凄く嬉しかった。本当に嬉しかった。そして実は知っていました。空も、私の為に戻って来てくれたことも。私の為に一生懸命看護師さんに頼んでくれていたことも知っています。本当に嬉しかった。空の言葉を聞いて、あまり良い未来になっていないことがわかりました。でも、私は応援しています。空の絵は、空の心のようにまっすぐで、本当に素敵だから。七日目の夜、実は眠れませんでした。怖くて震えてました。でも、空がいてくれて本当に良かった。もう心残りはありません、といいたいところですが、あります。――空、諦めかけたときは、もう一回頑張ってほしい。私はあなたのおかげでもう一回ができました。本当にありがとう。だから、空ももう一回だけがんばって。それでもだめなら、あと一回。えへへ、ズルかもしれないね。でも、私は本当に願っている。あなたに素敵な未来があるといいな。――大好きです。美咲より』  涙が止まらなかった。美咲はすべてを知っていたのだ。  なのにそれでも僕を気遣ってくれていた。  僕はそれから何度か『弥栄神社』を訪れた。  でも、もう奇跡は起こらなかった。  何度も手紙を読み返し、そっと棚にしまう。    自分の描いた絵を壁に飾って、見つめる。 「――もう一回だ。この絵を、超えてやる」  そして僕は決意した。  一年間、もう一度絵の勉強を繰り返した。  心が折れそうになったときは、美咲の絵を見て励まされた。  そして――。 『合格』  何と僕は、首席で合格することができた。  周りは天才ともてはやしてくれたが、僕はそんな凄いもんじゃない。  凡人だ。ただ、美咲のおかげだった。  でもこれはスタートだ。これから苦しいことがあるかもしれない。心が折れる事もあるかもしれない。  でもきっとそのたびに頑張ればいい。  あと一回、この言葉を繰り返す。  美咲なら、きっとそう言ってくれるから。    
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