涙よ届け

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父が僕のベッドの上に座った。 「ここも美幸の思い出だらけだね」 と......。 確かにそうだ。 僕は高校生になってから、好きなミュージシャンに触発されて ギターをやりたくなった。 「血なのかしら?面白いわね。 正美は足が速いから、私に似たんだと思ってた」 「足の速さ?陸上とかやってたの?」 「ううん、バスケ、怪我で辞めたけどね」 日常としては普通の母に、そんな過去があるとは意外だった。 ともあれ母は喜んで、はりきってくれた。 専業主婦だったのに短期間のパートをして、その給料でギターを 買ってくれたのだ。 「正志(まさし)くんもギターに魅入られたのよ。 17歳のときはプロ並みに上手かった。バンドもやってた。 だけど、私との結婚を選んでから、音楽はやらなくなった。 だから、引き継がれていったのが嬉しいのよ」 母は父を『正志くん』と呼んでいた。 僕の名前は『正志』と『美幸』で『正美』になっている。 「僕がバイトして買おうと思ってたのに......。 これじゃあ、ずっと母さんに頭が上がらないよ」 嬉しさと申し訳なさと同時で、僕は言った。 「ちゃんとした成果を出してくれたら、それで充分。 それにね、練習代がいらないのよ、そこも大きいわね」 そう、父がギターができるから、父に習えたのだ。 自宅のマンションでやると騒音になるから、スタジオに通ったけど。 そして僕は学校内で募集をかけてバンドを組んだ。 高校1年のあいだは練習に明け暮れていたけれど、2年生になって 僕は、作詞と作曲とギターとボーカルとできるようになった。 夏休みにバイトをしながらスタジオ練習をして、秋の学園祭では 初めて観客の前でライヴができた。 父と母は泣きながら観ていた。
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