5人が本棚に入れています
本棚に追加
注文をとる人
時刻は夕食時。
駅地下に広がる飲食店街。
どこの飲食店も、空腹を抱えた客たちが列を成している。
「お待たせしました。一名様ですか?」
食べ終えた客の会計を終え、テーブルの食器を下げ、テーブルを拭き終えてから、店員は列の先頭の客へ問いかける。
当然、スマイル付きだ。
「見りゃわかるだろ?」
客の一言に、スマイルは消えた。
「こちらへどうぞー」
店員は客を席へ案内し、メニューを渡す。
そして、二番目に並ぶ客へ問いかける。
「お待たせしました。二名様ですか?」
「はい、二人です」
「こちらへどうぞー」
スマイル付きで、店員がカップル客を席へ案内する。
店員はメニューを渡して、店内を見渡す。
店内は満席。
客の列は未だ途切れず。
店員は、厨房からの料理完成報告を待ちつつ、注文待ちの客たちにも視線を向ける。
「おい!」
席から聞こえる声に、店員は振り向く。
「すみませーん」
別の席から聞こえる声に、店員は振り向く。
さっきの客と、カップル客。
先に呼んだのは、客。
店員は、当然のようにカップル客の元へと向かった。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
驚いたのは、客とカップル客。
どちらも、客が先に店員を呼んだことを聞いていた。
先着順というルールであれば、店員の行動はルール違反である。
「おい! 先に呼んだのは俺だろうが!!」
客の声に、店員は面倒くさそうに振り向く。
「そうですが?」
「なら、俺のところに先に来るのが道理だろうが!」
「当店、早い者勝ちのルールではないんで」
「な、なんだその態度は!」
激高する客。
ハラハラしながら見るカップル客。
唯一冷静なのは、店員だけ。
「黙れ。気に入らないなら出ていけ」
「な!? 客に向かって、なんて口の聞きか」
「飯食えなくて困るのはお前だろうが? 自炊が出来ねえから外食頼らねえと飯も食えねえ弱者が、いっちょ前に吠えてんじゃねえ」
「お、お客様は神様だろ!」
「何十年前の話してんだよ? 飯一つまともに作れねえ餓死候補のてめえに飯を施す、うちらこそが神だよ」
少子高齢化は加速した。
最低賃金は増加した。
利益率の低い飲食店やコンビニはばたばた潰れた。
駅地下に広がる二桁のテナントを持つ飲食店街。
今も営業を続けているのは、僅か三店。
外食とコンビニ飯豊富な時代を生きて、自炊というスキルを身につけないまま中年になった者どもは、飲食店とコンビニの大量閉店によって食べる場所を失った。
生き残った僅かな飲食店に寄生しなければ、食に辿り着くことさえできなくなった。
「うちらの店が気に入らないなら出てけ。他の店で食え。うちらの店は、うちらがルールだ」
客は顔を真っ赤にして怒るが、店員の言葉に偽りはないと気づいている。
しばらく歯ぎしりをした後、赤い顔で頭を下げた。
「す、みません、でした。注文を、とってください」
「向こうが先だ。私は、気持ちよく注文をとれるやつから相手する」
店員は笑顔でカップル客の注文をとった後、食べ終えた客の会計を終え、テーブルの食器を下げ、テーブルを拭き終えて、次の客を席へ案内する。
当然、スマイル付きだ。
「で、何食うの?」
スマイルゼロ。
「あ、この、唐揚げ定食を……」
「唐揚げな。大人しく待ってろよ」
客からしぶしぶ注文をとり、厨房へと伝えた。
世の中で価値があるのは、希少なものだ。
客よりもはるかに店員が希少になった現代、生前与奪は店員が持っている。
最初のコメントを投稿しよう!