注文をとる人

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注文をとる人

 時刻は夕食時。  駅地下に広がる飲食店街。  どこの飲食店も、空腹を抱えた客たちが列を成している。   「お待たせしました。一名様ですか?」    食べ終えた客の会計を終え、テーブルの食器を下げ、テーブルを拭き終えてから、店員は列の先頭の客へ問いかける。  当然、スマイル付きだ。   「見りゃわかるだろ?」    客の一言に、スマイルは消えた。   「こちらへどうぞー」    店員は客を席へ案内し、メニューを渡す。  そして、二番目に並ぶ客へ問いかける。   「お待たせしました。二名様ですか?」   「はい、二人です」   「こちらへどうぞー」    スマイル付きで、店員がカップル客を席へ案内する。  店員はメニューを渡して、店内を見渡す。  店内は満席。  客の列は未だ途切れず。  店員は、厨房からの料理完成報告を待ちつつ、注文待ちの客たちにも視線を向ける。   「おい!」    席から聞こえる声に、店員は振り向く。   「すみませーん」    別の席から聞こえる声に、店員は振り向く。    さっきの客と、カップル客。  先に呼んだのは、客。    店員は、当然のようにカップル客の元へと向かった。   「ご注文、お決まりでしょうか?」    驚いたのは、客とカップル客。  どちらも、客が先に店員を呼んだことを聞いていた。  先着順というルールであれば、店員の行動はルール違反である。   「おい! 先に呼んだのは俺だろうが!!」     客の声に、店員は面倒くさそうに振り向く。   「そうですが?」   「なら、俺のところに先に来るのが道理だろうが!」   「当店、早い者勝ちのルールではないんで」   「な、なんだその態度は!」    激高する客。  ハラハラしながら見るカップル客。    唯一冷静なのは、店員だけ。   「黙れ。気に入らないなら出ていけ」   「な!? 客に向かって、なんて口の聞きか」   「飯食えなくて困るのはお前だろうが? 自炊が出来ねえから外食頼らねえと飯も食えねえ弱者が、いっちょ前に吠えてんじゃねえ」   「お、お客様は神様だろ!」   「何十年前の話してんだよ? 飯一つまともに作れねえ餓死候補のてめえに飯を施す、うちらこそが神だよ」    少子高齢化は加速した。  最低賃金は増加した。  利益率の低い飲食店やコンビニはばたばた潰れた。    駅地下に広がる二桁のテナントを持つ飲食店街。  今も営業を続けているのは、僅か三店。    外食とコンビニ飯豊富な時代を生きて、自炊というスキルを身につけないまま中年になった者どもは、飲食店とコンビニの大量閉店によって食べる場所を失った。  生き残った僅かな飲食店に寄生しなければ、食に辿り着くことさえできなくなった。   「うちらの店が気に入らないなら出てけ。他の店で食え。うちらの店は、うちらがルールだ」    客は顔を真っ赤にして怒るが、店員の言葉に偽りはないと気づいている。  しばらく歯ぎしりをした後、赤い顔で頭を下げた。   「す、みません、でした。注文を、とってください」   「向こうが先だ。私は、気持ちよく注文をとれるやつから相手する」    店員は笑顔でカップル客の注文をとった後、食べ終えた客の会計を終え、テーブルの食器を下げ、テーブルを拭き終えて、次の客を席へ案内する。  当然、スマイル付きだ。   「で、何食うの?」    スマイルゼロ。   「あ、この、唐揚げ定食を……」   「唐揚げな。大人しく待ってろよ」    客からしぶしぶ注文をとり、厨房へと伝えた。    世の中で価値があるのは、希少なものだ。  客よりもはるかに店員が希少になった現代、生前与奪は店員が持っている。
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