とある騎士に見初められたドラゴンの話

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 俺はもともと農村の生まれで、ただちょっと、他の人間とちがう体質を持っていた。といっても、子供のころは自分でもそれがどんな体質かなんてことはわかっていなかった。  あれはいつだっただろう? たしか木から落ちて肩を痛めたとか、そんな理由だと思うから、まだ十二か十三の、やんちゃしていた年頃にちがいない。村はずれの森に住んでいた俺のばあちゃんは魔女だったので、両親は痛がってる俺のために湿布をもらってきてくれた。薬臭いがよく効くと、村のみんなに定評があるやつだ。  ばあちゃんの腕はたしかだった。湿布を貼ると、すぐに腫れた肩の痛みが引いて、それだけでなく体じゅうが軽くなった。そこにはえもいわれぬ気持ちよさがあって、ばあちゃんもやるなと、そのときの俺は生意気なことを思ったものだ。俺はそのまま横になったが、朝起きると、肩のあたりがどうもおかしい。痛みはないのだが、みょうにパリパリするものが肩にくっついている。俺は何気なく首をまげ、伸びをした。するとパリンとかすかな音がして、金色のかけらが腹の上に落ちた。  そのときになってやっと、俺は湿布を貼ったまま寝てしまったことを思い出した。だから最初は湿布が乾いて、こうなってしまったのかと思ったのだ。でも腹の上にちらばった金色のかけらは紙のように薄くて、日の光にきらきら輝いている。昨夜貼った、薬臭い白い湿布とは似ても似つかないものだ。  俺は首をかしげてそれを拾い集めると、その日の午後、村はずれのばあちゃんの家に持って行った。肩の痛みはまだ残っていたし、何か変なことが起きているのはたしかだと思ったのだ。  ところが、起きていたのは「何か変なこと」どころではなかった。庭にいたばあちゃんをつかまえ、金色のかけらを出して説明をはじめたとたん、ばあちゃんは血相を変えて俺を家の中に連れて行ったのである。 「ミラン、なんてことだ。これは金だよ」 「金?」 「金箔だ。おまえは湿布を金箔に変えてしまったんだ」  ばあちゃんにも、何がどうしてこうなったのかさっぱりわからないという。そこでもう一度湿布を貼ったが、今度はいくら待っても湿布は湿布のまま、金箔に変わったりしなかった。ばあちゃんは俺とおなじように首をかしげ、薬の調合を変えた湿布を俺に貼らせて実験したが、結果はおなじ。  そのうち俺の肩はすっかり直った。ばあちゃんは湿布の実験をあきらめて、理由はわからないが、おまえにはきっと魔法の力があるから、気をつけるようにと俺にいいきかせた。こんなことが一度でもあったなんて、親にも話してはいけないよ、とも。  いま思い返すと、俺のばあちゃんが竜のように強欲で邪悪な黒魔術師でなかったのはほんとうにラッキーだった。ばあちゃんは金箔を溶かして粒にしたものを小さな革袋に入れた。これはおまえの財産だから、何かのときのために持っておくように。でもうかつに人に見せてはいけないし、これがどこから来たものかもいってはいけない。  魔法の力があると魔女にいわれると、自分が特別な存在になった気がしてすこし嬉しいものだ。俺はそれからしばらくのあいだ、ばあちゃんが注意深い目でときどき俺をみていることに気づいた。  でも実際のところ、俺に特別な力がある気配なんてまったくなかったのだ。十五のとき村を襲った流行病で両親が死んだとき、俺もみんなとおなじように病気になり、ばあちゃんの薬をもらったけれど、何かが金に変わるなんてことはなかった。そして病が終息したあと、ばあちゃんも――流行病ではない病気で――亡くなってしまった。  それからというもの、俺はひとりで両親が残した畑を耕してなんとかやっていた。  村の生活はおおらかなもので、助け合いと物々交換が基本だ。いくつもの村が協力して行う大きな祭りの夜には、目が合った相手が男でも女でも夜這いしてきて、その中でなんとなく、うまくいきそうだという相手がみつかったら一緒に暮らすようになる。相手が女だったら祝言をあげることもあるが、男ならとくに何もしない。村の生活はそんな感じだった。  たしかあのときはもう十六になっていたはずだ。秋祭りの夜、ものかげで、町で買ったという張り型をもってる男と立ったままやったことがある。十年以上前のことだから、男がどこのやつだったかは覚えていない。  もともと俺は尻を弄られて気持ちよくなるのが好きだったが、その張り型はすごかった。大きかったからというより、俺の奥の、これまで想像したこともないようなところ、そんな場所があるのかと思うようなところをえぐったのだ。 「あ――あああん! やぁ、ああん、抜いて、あうっ……」  月の光が斜めに差しこんでいたことをやけにはっきり覚えている。俺は膝をがくがくゆらし、女の子でもあげないような声をあげ、涎まで垂らしてしまった。男はいやらしいことをささやきながら張り型を抜いて、今度は自分のものをつっこんできた。  でも正直いうと、あのときは張り型で感じた気持ちよさが圧倒的で、男のはそうでもなかった。終わると男はよかったとかなんとかいい、まだぼうっとしている俺の前で張り型をぬぐって、よごれた手拭いを放り出していなくなった。  俺もさっさと自分の家に帰ろうと思ったのだが、地面におちた手拭いを何気なく拾って、変だなと思った。月光にきらきら輝くものが表面についている。  胸騒ぎがして、俺は手拭いを家に持って帰った。翌日桶の水で洗うと、金色のふぞろいな粒と薄片が底に沈み、日の光に輝いた。  これは――  俺は家の中に駆けこみ、ばあちゃんがくれた革袋(天井裏に隠していたものだ)をさがしだした。桶の中の金色のものと革袋の中身を日の光の下でくらべると、そっくりおなじだった。これも金だ。  いったいこれはどういうことなんだ? 魔法だとしたら、どんな魔法だ?  質問に答えられそうな人は誰もいなかった。それにどこからともなく金ができるなんて、うっかり他人にいえることじゃなかった。のんきな村の暮らしでもそのくらいはわかる。  俺は自分一人で実験することにした。まずは、男が持っていた張り型を再現することからはじめた。あいつを探し出して張り型を貸してくれなんて、いろんな意味で怖すぎていえないからだ。目で見た形と、俺の体が覚えている感触を思い出しながら、夜中にあれこれ試すうち、ついに俺の特異体質がわかった。  どうやら俺の体の表面、皮膚やら粘膜やらを何かで覆われたりつつかれたりして、ものすごく気持ちよくなると(ものすごく、が重要だ)俺に触れたところが金に変わるらしい。張り型のすべりをよくするために塗る油とか糊とかが金になる。  じゃ、本物につっこまれて気持ちよくなるとどうなるかって?  実をいうと、俺は「気持ちよくなると金に変わる」のを知ってからしばらくのあいだ、村の誰に誘われても断っていた。  これまではそんなことがなかったといっても、もし、ものすごく相性がよくてうまいやつがいたとして、相手のあそこが翌日金ぴかになったりしたら、いったいどうしたらいい? それに張り型でさんざん実験して、そっちがすっかりよくなっていたから、というのもある。  ところがそんなある日、村に冒険者がやってきた。  なぜならそのすこしまえ、村からさほど遠くない岩山に大きなダンジョンがみつかったからだ。どこからか、竜が棲むダンジョンだという噂がたったので、都の王様が調査の騎士団をさしむけた。しかし竜はあらわれず、金をはじめとしたお宝がみつかったのである。  たちまちゴールドラッシュがはじまった。ダンジョンには竜退治を名目にお宝を探す冒険者たちがおしよせ、その前に宿や食料をもとめる連中がこのあたりの村々を訪れるようになったのだ。商人たちもやってきたし、目端のきく連中は家を宿や酒場に改装した。  助け合いと物々交換でやっていたのどかな村の風景はあっという間にかわってしまい、俺はそんな酒場のひとつに畑の作物や鶏の卵を卸すようになった。  そんな折に目をつけられたのかもしれない。村の酒場にたむろする冒険者の中に、ひとり、いけ好かないやつがいた。  その冒険者は都のいい家柄の出身なのだといって、いつも取り巻きを連れ歩いていた。村じゅうの人間を馬鹿にして見下していたから、俺はそいつが嫌いだった。それでも金払いはよかったから、宿屋や酒場ではそれなりに歓迎されていた。  俺は歓迎なんかしなかった。冒険者ならずっとダンジョンにいればいいのに、こんなところで何をしているのかといつも思っていたものだ。その冒険者は女癖もよくなかったし、取り巻きの連中が俺にもたまに声をかけてきた。村の連中はもう、俺をそんな風に誘わなくなっていたけれど、そいつらはおかまいなしだった。俺はいつも聞こえなかったふりをして無視した。  でもあの日は間が悪かった。夕方酒場に品物を届けると、亭主が一杯おごるというのだ。俺はまだ人のいない酒場の隅で、ひとりで酒を飲んでいた。すると例のいけ好かない冒険者がめずらしく一人でやってきて、俺の横に座ったのだ。そしてこれも何かの縁だとか、前からみかけて気になっていたとかいって、俺に酒をおごろうとする。いつのまに俺の名前を知ったのか、ミラン、と馴れ馴れしく呼んでくる。  亭主の手前、はねつけるのも気が引けて、俺はしかたなく、一杯だけといってそいつに酒をもらった。でもそれがよくなかった。気がついたら俺はしこたま酔っぱらって――というか、酒ではない何かを飲ませられて、足が立たなくなっていた。  いけ好かない冒険者は俺を介抱するといって、腰を抱いて酒場の外へ連れ出した。自分の宿へ俺を連れこもうとしているのはわかったが、頭はもうろうとしているし、体はだるくて動かないしで、俺はだらりとそいつの肩におぶさったまま、どうしようもなかった。そいつはやけに嬉しそうな声でささやくのがきこえた。 「ミラン、おまえをずっと狙ってたんだ。心配ない。天に上る心地にしてやるぜ」  ところがつぎの瞬間だ。ボキッという音とともに俺はそいつの肩から放り出され、地面に投げ出された。「うわっ」とか「何をするっ」とか、そんな声とともに人が殴りあう物騒な物音が立ち、しまいに遠くの方で厳めしい声が響いた。 「おまえの狼藉は都でも有名だ。捕縛する」  何人かの足音が俺の頭の周りで響く。俺はやっと薄目をあけた。立派な騎士服を着て剣をつるした男と兵隊がふたり、くだんの冒険者を捕まえている。  あいつ、都でも札付きだったのか。それにしてもダンジョンの調査に行った騎士がまだこのあたりにいたんだな……俺は回らない頭でそんなことをぼんやり思い、さらにあの騎士はどこかで見た顔だと思ったが、どこで見たのかはさっぱり思い出せなかった。  だるい体を持ち上げようと苦労していると、ランプの明かりが俺を照らした。 「大丈夫か? 動けるか?」 「……く…すり……を……もられた……みたい……」  口がからまって言葉がちゃんと出ないし、ランプがまぶしすぎて目をあけていられない。声の主はうなずいてランプをどこかにやると、俺の膝と首のうしろに手をさしこみ、ひょいと抱き上げた。 「家はどこだ?」  俺はこたえようとしたが、自分を抱えている腕のぬくもりを意識したとたん、体の奥で何かがぱちんとはじけたようになって、声を失った。 「どうした?」  男がたずねたが、俺は口を半開きにして息をつくだけだ。ぼんやりしていた頭が急にはっきりしたと思ったら、突然の情欲で体じゅうが熱くなり、股間から背筋、足の先まで血が駆けめぐって、どうしたらいいのかわからない。  口がきけないままの俺を男は真剣な目でみつめ、ふいに俺の口もとに鼻を近づけてきた。 「ダナエの実か。まずいな」 「隊長?」  後ろから呼ぶ声に男は冷静に返事をした。 「そいつを逃がすな。この男は安全な場所へ連れていく」  男は走り出し、俺は彼の首に手を回してすがりついた。沸き立つ血にまた頭がくらくらとして、目の前が暗くなった。  気がつくと俺は柔らかい敷物の上に横たえられていた。覆いをかけたランプの薄暗い光にあたりはぼんやり照らされている。 「気がついた……な」  男が膝をついて俺のうえにかがみこんだ。俺は口をひらいたが、何時間も叫んだみたいに喉がひりついて、口はからからだ。 「おまえはダナエの実を大量に飲まされたんだ。命の危険は去ったと思うが……」  男は俺を抱き起こすと、背中を支えたまま木の椀を俺の口にあてがった。水の匂いがするのに、うまく飲みこめない。こぼれた水が胸の上を流れていき、俺は自分の服があちこち裂けているのに気がついた。 「おまえが自分でもがいて……破った。ダナエの実のせいだ」 「ダナエの実……?」 「媚薬だ。もう抜けたと思うが……」  媚薬だって?  俺は男の顔をみつめ、その腕や頬にあちこちひっかき傷があるのに気づいた。俺がやらかしたのだろうか。気を失うまえに感じた妙な熱はなくなって、頭の働きも元に戻っている。  それでも男をみていると、俺の体の底でじくじくと疼くものがあった。情欲の波がまた皮膚の下でたぷんたぷんと揺れる。俺はまばたきし、そして俺を支えている男の眸の中でもおなじ波が揺れるのをみてとった。男自身もはちきれそうな欲情をこらえているのだ。  俺は唾をのみこんだ。まだ喉が乾いている。 「水をもっと……くれないか」 「ああ」  男は床に置いてある水差しにちらりと目をやったが、手を伸ばそうとはしなかった。俺も男の顔や、喉や、がっしりした肩から目を離せなかった。俺たちはみつめあい――そしてあっと思ったときには、俺の背中を抱えていた腕に体をおさえつけられ、俺は男の下になって自分から唇を吸っていた。  舌をからめると喉の渇きは消えて、そのかわり男の体がもっと欲しくなる。ずっと張り型だけを使っていたから、俺は実は人肌に飢えていたのかもしれない。でもあの冒険者や他の人間には、一度もこんな欲をおぼえたことはないのに。  俺は男の下で身をよじらせて、なかば裂けてしまった服をぬぎすてた。胸のとがりを上にいる男におしつけようとしたら、男は呻き声をあげながら半裸になった。それでも、昔寝た村の連中とちがって、唇で俺の胸や肌をくすぐるようにたどるから、俺はじりじりして自分から男のズボンの前をあけた。下穿きから飛び出したのは薄暗い明かりの中でもびっくりするくらい太くて長いモノで、俺はまた唾を飲みこんだ。  それでも男は急ごうとせず、こんどは俺をうつぶせにして、ゆっくり尻の奥を弄りはじめる。これも媚薬のせいだろうか、油も何もつかった様子がないのに、男の指が入ってきても異物感も痛みもなくて、俺は誘うように腰をもちあげて、もっと来てくれとせがんだ。  張り型で馴らされた奥の方がたまらないほど疼いて、男の立派なモノがほしくて、どうしようもない。ついにそれが中に入ってきて、さらにずぶっと奥までつらぬかれたとたん、頭のてっぺんで星がはじけたような真っ白の快感がやってきた。しかも一度で終わらない、男が動くたび、何度も、何度もだ。 「あ、あああ―――」  男はうつぶせになった俺の胸を支え、腰を浮かせたまま何度もくりかえし突き、俺は背をそらせ、男が動くのにあわせて腰を揺らした。男が俺の首筋でうめくのが聞こえ、腹の奥ふかくに精が吐き出される。それにあわせるように俺も声をあげながら達して、そのまま体を丸めて横たわった。背を向けたままの男のモノがずるりと中から出て行く。 「大丈夫……か?」  いたわるような声をかけられたが、俺はまだ甘い余韻のなかにいて、うなずくだけで精一杯だった。男の手が俺の髪を撫でている。それもまた心地よくて、なんでもいいからしばらくこのままでいたい、と思ったときだった。俺の腹の中で何かがむくっと動いた。 「ひゃっ? な、なに――」  おかしな声をあげてしまったのは、腹の中のそれが、さっき男のモノを咥えていたときの快感を呼び覚ますように動きながら、どんどん下へ、尻穴の方へ動いていくのがわかったからだ。  催しているときともちがう、張り型とも男根ともちがう、痺れるような快感とともにそれが動いて、俺は無意識に息を吐き、体を揺すっていた。  すぐ隣で男があぜんとした目で見ているのがわかったが、止められない。俺はうつぶせになり、目をぎゅっと閉じて、快感に全身をふるわせながらそれが出て行くのにまかせた。尻から股のあいだを固いものがころがっていく。  目をあけると鈍く光る雫型のものがついた膝のあいだに落ちていた。いったいなんだ?   そう思ったときあたりが明るくなった。男がランプの覆いをとったのだ。 「そこをどけ」  乱暴に押しのけられ、俺はびくっとした。男は俺がいたところから、ランプの光にてらてらと輝く、雫型の石を拾い上げた。透明感のある深い瑠璃色で、透明な粘液に覆われている。  その時になって俺はハッと気づいた。あれは俺の中から出てきたのだ。同時に頭に思い浮かんだのは、金に変わった湿布のこと。  まさか、中に出されて気持ちよくなると、俺は金じゃなくて宝石を出してしまうのか? 「そ、その石は……」  男は手のひらの上で青い石を転がしている。あんなところから出てきたというのに、なぜか敷布も石もぜんぜん汚れていない。どう説明すればいい? だいたい、この男は俺がこの石をひりだすところを最初から最後までみていたのだ。 「これはいま、おまえが産んだものだ」  男はこわばった声でいった。俺は何かいいわけしようと思ったが、言葉が続かなかった。でも男は気にしていないみたいだった。それどころかみょうに納得したような表情で、俺の顔をしげしげとみつめて、いった。 「つまり、おまえはドラゴンだ」 「は?」  もちろん俺の口からはそんな声しか出てこなかった。 「……ドラゴン? ドラゴンだって? そんなことあるはずないだろ。俺は人間だ! ただの農民なんだから……」  何秒かあとにやっと反論が出てきたが、俺がわめきはじめると、男は今度は唇に人差し指をあてる。 「もう夜も遅い。静かに」 「……だ、だけどそんな……そんな馬鹿なこと……」 「いや。ドラゴンは特殊な生き物だ。特に現代では、ドラゴンの姿のまま生きるものはめったにいない。この宝石のような卵から孵った直後こそドラゴンの形をしているが、近くに人間や動物がいると、その種族の幼体に変態する」 「で、でも……俺は生まれたときから人間で……親だって……」  男は奇妙な表情をうかべて俺をみた。 「ほんとうにそうか? おまえの両親は? 生まれたときのことを聞いているか?」  実は俺はそう問われる前から答えを知っていたのだ。俺は森のばあちゃんの家の前に、どこかの旅人が捨てて行った赤ん坊だった。そして生まれてまもない赤ん坊を病気で亡くしたばかりの両親が、俺を自分の子として育ててくれたのだ。両親が死んだあと、俺はばあちゃんからそのことを聞いた。 「だからといって俺がドラゴンだなんて、そんな……」 「その宝石がおまえの尻から出てきたのが、その証拠だ」 「そんな馬鹿なこと、あるはずない」 「そのまさかだ。俺たちがダンジョンに遣わされたのは、ほんとうはこれをさがすためだった」  それから男に「これは門外不出だ」と口止めされた上で聞かせられたのは、この国の王家とドラゴンにまつわる、とんでもない話だった。  王家には代々、たったいま俺が産んだものにそっくりな宝石が秘宝として伝えられている。実はこれは、王家に嫁いだドラゴンが産んだ卵なのだ。一世代に一度、その卵を孵して他の王族の子と共に育て、王家の末子の伴侶として迎え入れるのが、古来からの習わしなのだという。  そんなのありなのか。焦った俺に男は辛抱強くいいきかせた。人間の姿をしたドラゴンは実際のところ、人間そのもので、いわゆるドラゴンの姿に戻ることもないし、翼が生えたり火を吹いたりすることもなく、寿命もふつうの人間とほぼおなじらしい。ただ少しだけちがうところはある。病気にかかりにくかったり、妙な特技をもっていたり。  しかしもっとも大きなちがいは、ごくたまに、俺がいまやったような卵を産む、ということだ。伴侶とつがったあとに生まれた卵であれば、それはいつか孵るのだという。もっともそれにはいくつか条件がある。産んだ者が生きているあいだは、その卵は孵化しない。もうひとつわかっている条件は、卵のすぐ近くで他の生き物の出産があることだ。 「王家にあった最後の卵は、王弟殿下の奥方の出産にあわせて孵化させるはずだった。ところが手違いがあった。奥方の部屋の窓辺にツバメの巣があったのだ。卵はいつのまにか孵化して、ツバメになって飛んでいってしまった……」  俺の口は呆れてあけっぱなしになっていたが、そこまで聞いたとき、ふと思いつくことがあった。 「じゃあ湿布が金に変わったのもそのせいか? それに流行病で、俺だけさっさと治ってしまったのも――」 「湿布が金?」  しまった。これは誰にもいっちゃいけないことだったのに。俺は裸の体をすくませて、とんでもないことになったと思った。つまり王家はドラゴンの卵をほしがっているということで、俺は卵が産めることをこの男――都から来た騎士に知られてしまった。この上、何かが金に変えられたりするとわかったら―― 「待て。怖がるな」  先回りするように男がいった。 「おまえがドラゴンだとしても、この石を俺にくれれば何もしない。ダンジョンで発見したと王に伝えて、おまえはいままで通りこの村で――いや、それよりもっといい方法がある」 「もっといい方法?」  男は体をおこし、俺の肩に両手をおいて、そっと抱きおこした。 「おまえが俺の伴侶になればいい。そうすれば王家の秘宝が無事に戻り、王の末子がドラゴンを娶る習わしも完了して、何もかも丸くおさまる」  は? 「ちょっと待て」  俺はあわてて口をはさんだ。 「俺がおまえの伴侶になる? ドラゴンを娶る習わし?」 「そうだとも。俺は王の末息子、第六王子のデュランだ」  はあ?――と思ったその瞬間、俺は男の顔が何に似ているのかに思い至った。貨幣に刻まれた昔の王様の顔だ。  男は素っ裸のまま胸を張った。 「秘宝――ドラゴン――がツバメではなく人間の赤子になったなら、いつか俺が娶ったかもしれない。それもかなわぬことになった矢先、この村の近くでダンジョンがみつかって、卵をさがせという密命がくだされた。しかしドラゴンがここにいたのなら、これも運命というもの――」 「待って待って待って! 待ってくれよ!」  俺はもっとあわてて叫んだ。 「そんなの聞いてない! 俺はべつに……そんなつもりじゃ……」  男――デュラン王子は平然とした顔で俺をみた。 「ではおまえは、俺に無理強いされて抱かれたと?」 「そ、そんなわけじゃないけど……」  それにあんたのアレはでかくて気持ちよかったし、湿布や張り型とおなじだったら、気持ちよくないとあの石は出てこなかっただろうし――と俺は思ったが、それはいわずにこれだけ答えた。 「あのろくでなしの冒険者なら媚薬でもなんでもいやだったけど、あんたはべつに……いやじゃないけど、でもそんな早まって……伴侶だなんて気の迷いを……」 「早まってなどいないし、気の迷いでもない」  貨幣に刻まれているのとおなじ顔が堂々と宣言する。 「俺は生まれてこのかたずっと、俺のものになるドラゴンを求めていたのだ。それにおまえは俺とつがってこの卵を産んだ。俺以前におまえは卵を産んだことがあるか?」 「あるわけないだろ」  俺はほとんどふてくされながら答えた。 「こんなのが自分の身体から出てくるなんて、いまはじめて知ったんだから」 「では俺はおまえに卵を産ませることができたはじめての男というわけだ。俺を信じろ」  どうしてそんなに自信たっぷりでいられるのか俺にはさっぱりわからなかったが、拒否するのは得ではないように思えた。それで俺は、この男――いまは王国の騎士団長になったデュラン王子と共に都へ行くことになったのだ。  そのあとのことは吟遊詩人が歌ったり瓦版に書かれたりしているから、表向きの話ならみんなどこかで聞いたことがあるはず。つまり王子の自信たっぷりな言葉とは裏腹に、都へ行く途中も行ったあともいろいろなことがあったってことだ。  それでもしまいには、彼は俺にとってかけがえのない存在になり、俺はあれから何年もたったいまも、こうして騎士団長の伴侶として都に住んでいる。宝物庫の奥には俺が産んだ宝石がひとつひとつ箱に入れてしまってある。  もしこれをホラ話だと思うなら、俺が死んだあとに試してみるといい。ドラゴンの卵を孵化させるコツは、子供が生まれそうな動物のそばに置いておくことだ。一個くらい猫やツバメになったところで、怒られることはないだろう。なにせたくさんあるからな。 (おしまい)
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