case5

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「今日も機嫌悪そうじゃないか。」  別に機嫌が悪いわけではない。そう見えるだけなのだ。損な役回りである。 「おまえさあ、宇宙まで飛んでいけないもんかね。」  無茶なことを言っている。宇宙? Pが尋ねる。先生は再びPに向き合う。先生はPが気に入っている。 「最近、宇宙を輪切りにしたらどうなるか調べてるんだよ。」 「まあ、素敵。」  Pはアーモンド型の目を大きくする。長いまつげが整然と並んでいる。先生は白髪混じりの頭を掻く。素敵と言われて満更でもないのである。 「輪切りって、果物みたいに?」 「そうだよ、ちゃちゃっとさ。でも計算じゃ簡単に明らかにならない謎があるんだな。」  先生は物理学者である。でも偉そうな気持ちになったことは一度もない。他に何もできないから物理学者なぞやっているのだと思っている。 「それだからさ、宇宙まで飛んでいけたらてっとり早く見て回って、それで答え出しちゃえるじゃない。」  Pは今度は目を細める。横目づかいになって先生の顔を眺める。 「じゃあ、先生が今必要としてるのは翼ってことかしら。」  先生はふふんと笑う。その手には乗らないと思っている。 「いや、俺が今必要としてるのは苺だ。疲れてるから糖分がいるんだよ。」 「先生と話してると楽しいわ。」  Pは苺の入ったビニール袋を手渡す。幾らだい? と訊かれて三百円と答える。先生はポケットをごそごそと探る。五百円玉が一枚きりしか出てこない。 「数学的に割ることはできるんだけど、物理的に五分の三に砕いても嬉しくないよな。」  Pはまたころころと笑う。 「先生、お釣りぐらいあるわよ。うち、果物屋ですから。」 「ああ、そうだったな。」  先生はきちんと百円玉を二枚受け取る。砕かれていない百円玉である。あっさり出て行く。ベージュのスーツの裾がなびく。Pはこちらを見上げる。 「宇宙までって、ねえ?」  勿体ぶったようにPは間をあける。苺の香りがまだ満ちている。 「それぐらい行けるわよねえ。」  私は答えない。目を瞑って想像する。木星や、アンタレスや、名も知らない星雲のことを。
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