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「あの奥に、果物がずらっと並んでるのかな。」
独り言が店の中に響く。Pのことをしきりと考える。いいイメージばかりである。意地悪だったり失礼だったりするPはいない。女の子の中のPは、女の子の中だけのPである。
打ち沈んだまま、再び書き物机に近づく。椅子に座って、Pを真似て頬杖をつく。突然、女の子は気づく。色鉛筆をざっと見まわす。藤色だけがないのである。とてもとても不安になる。Pにここにいてほしいと強く思う。祈りのようになる。
かたんと音がして、奥の暗がりからPがやって来る。女の子は急いで椅子から立ち上がる。安堵が満ちてくる。不安は綺麗に溶けてなくなる。
「すみません、お待たせしてしまったみたいで。」
Pは愉快そうに微笑む。ジーンズのポケットから藤色の色鉛筆が覗いている。女の子はそれについては何も問わない。
「ずっと、奥に?」
「いや、ちょっと外に出ていたんですよ。今は裏口から入ってきました。」
裏口なんてあったかしらと、女の子は考えている。あったろうかとPも考えている。でもそれは、今となってはどうでもいいことである。
「それで今日は何がご入用ですか?」
「あなたが、」
女の子は口にする。口が動いてしまう。それから身構える。緊張はやって来ない。新しい世界に入ったのである。女の子はぐっと自由になる。
「今は、あなたが必要だと思っていました。」
「そう?」
Pは素直に問いかける。Pは女の子の目を覗き込む。アーモンド型の瞳が女の子を見つめている。Pにとって、女の子もまた、この店の中にしか存在しない。女の子はすとんと頷く。
「それなら、丁度いいものがある。」
Pは奥の暗がりに消える。藤色の色鉛筆をポケットに差したままである。女の子はもう不安にならない。一度だけ振り返る。真面目な顔でこちらをちらりと見る。私がここに存在するか、確認する。私はもちろんここにいる。
Pがそれを盆に載せて戻ってくる。恭しく女の子に差し出す。それはつやつやと光を放っている。女の子は顔を近づけてそれをじっと見る。
「美味しそうなのね。」
女の子が言う。
「ここで食べていくといい。」
Pが言う。女の子は怯えない。頬だけは相変わらず朱に染まっている。Pはそれを好もしく思う。Pは微笑む。
「そうします。」
女の子も微笑む。
「せっかくだから一緒に食べましょう。」
それから二人は、とても甘いそれを分け合って食べる。こちらには目もくれないで。
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