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「してます、してます。とっても緊張してるんです。ここへ来る度にそれが強くなる。」
「それはよくないですね。」
女の子は少し落ち着く。今日初めて心が通じ合えた気持ちがする。Pはなかなか戻らない。Pが視界から消えたらいつもそうするように、女の子は書き物机の上やら、壁やらを眺め渡す。興味が溢れている。
机の上には無造作にノートが投げ出されている。それを開きたい衝動にかられる。指がそちらに伸びそうになる。Pはそれを知っていて、そこに置いているのである。女の子は葛藤する。それから静かに欲求を抑え込む。Pが戻ってくる。
「あなたの緊張を、解くために。」
Pは盆を手にしている。盆の上には紫色の丸い果物が三つ乗っている。女の子はほんの少し屈んで、それをじっと見つめる。
「これは、何?」
「パッションフルーツです。中を開けるとお馴染みの南国の香りがする。」
女の子は今度は背を反らすようにして、Pの顔を見つめる。Pに近づくほど、頬が朱に染まる。
「じゃ、じゃあそれをいただくわ。」
Pは柔らかく微笑む。女の子はいつものようにそれらを手提げの籠に詰める。Pが盆を捧げ持ちながら、女の子の手元を見つめる。それからふと思いついたように提案する。
「そうだ、今食べるといい。」
え。女の子は声に出さずに驚く。手が止まる。強張った顔でPを見る。
「今、緊張を解きたいのなら、今、食べるといい。それは半分に切って、中の汁を吸うんです。ナイフを持って来ましょう。」
女の子は慌てて呼び止める。Pは呼び止められる。Pはそれを知っている。奥の暗がりに、残念ながらナイフはない。
「いいんです。家で、食べますから。」
女の子は今までで一番赤い顔になる。目尻も赤くなっている。全てを籠に収めてしまうと、すぐさま店を出ようとする。
「また来ます。」
恥ずかしさを滲ませた声である。店を半分出かかったところでいつもの習慣を思い出す。半身で振り返って、こちらを見上げて手を振る。そして店を出る。
Pが微笑んでこちらを見る。してやったりという顔である。私もPを見つめ返す。それから女の子の朱の頬についてしばらく考える。
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