case1

2/2
前へ
/12ページ
次へ
「してます、してます。とっても緊張してるんです。ここへ来る度にそれが強くなる。」 「それはよくないですね。」  女の子は少し落ち着く。今日初めて心が通じ合えた気持ちがする。Pはなかなか戻らない。Pが視界から消えたらいつもそうするように、女の子は書き物机の上やら、壁やらを眺め渡す。興味が溢れている。  机の上には無造作にノートが投げ出されている。それを開きたい衝動にかられる。指がそちらに伸びそうになる。Pはそれを知っていて、そこに置いているのである。女の子は葛藤する。それから静かに欲求を抑え込む。Pが戻ってくる。 「あなたの緊張を、解くために。」  Pは盆を手にしている。盆の上には紫色の丸い果物が三つ乗っている。女の子はほんの少し屈んで、それをじっと見つめる。 「これは、何?」 「パッションフルーツです。中を開けるとお馴染みの南国の香りがする。」  女の子は今度は背を反らすようにして、Pの顔を見つめる。Pに近づくほど、頬が朱に染まる。 「じゃ、じゃあそれをいただくわ。」  Pは柔らかく微笑む。女の子はいつものようにそれらを手提げの籠に詰める。Pが盆を捧げ持ちながら、女の子の手元を見つめる。それからふと思いついたように提案する。 「そうだ、今食べるといい。」  え。女の子は声に出さずに驚く。手が止まる。強張った顔でPを見る。 「今、緊張を解きたいのなら、今、食べるといい。それは半分に切って、中の汁を吸うんです。ナイフを持って来ましょう。」  女の子は慌てて呼び止める。Pは呼び止められる。Pはそれを知っている。奥の暗がりに、残念ながらナイフはない。 「いいんです。家で、食べますから。」  女の子は今までで一番赤い顔になる。目尻も赤くなっている。全てを籠に収めてしまうと、すぐさま店を出ようとする。 「また来ます。」  恥ずかしさを滲ませた声である。店を半分出かかったところでいつもの習慣を思い出す。半身で振り返って、こちらを見上げて手を振る。そして店を出る。  Pが微笑んでこちらを見る。してやったりという顔である。私もPを見つめ返す。それから女の子の朱の頬についてしばらく考える。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加