1人が本棚に入れています
本棚に追加
「何よこれ、西瓜じゃない。」
「小玉西瓜です。」
「ふざけないで。」
女性はぴしゃりと言う。子供相手にも容赦しない。鼻先で障子戸を閉めるような物言いが、自分には似合っているように感じている。Pは動じず、貯蔵してある笑みをまた一つ、顔中に浮かべる。
「西瓜はお嫌いですか?」
女性は鼻でふんと息を吐く。
「そんなもの、もう長いこと食べてないわ。」
「お嫌いですか?」
しばらく女性は黙る。好きか嫌いか、考えないとわからないのである。
「味は嫌いじゃないわ。ただそれって楽しくないの。」
Pはアーモンド型の目を大きく見開く。意外なことを聞いた、という顔である。
「楽しくない?」
女性はおかしなことを口にしたとは思っていない。西瓜が楽しくないことについて説く。
「小さい時、親が西瓜ばかり買ってきた。私、西瓜ばかり食べなきゃいけない子供だった。家族で集まって、テーブルで。それって馬鹿みたい。」
Pは自分が運んできた小玉西瓜を見つめる。盆の上で定まることなく、二つが静かにぶつかり合っている。女性もしばらく静かにそれを見つめる。顎に手をやることを忘れている。
「その時は楽しかった。」
やがて女性はぼそぼそと言う。
「その時の感じが西瓜ってものに詰め込まれてる気がして、それが嫌なの。」
「よく、わかりました。」
Pは盆を持って引き下がろうとする。他のものを探しにいくような風情を装う。もちろん、他には何も用意していない。こらえ切れずに女性が声を出す。
「待ってよ、いいわ、それを買って帰るから。」
Pはくるりと振り向く。西瓜がごろんと回転する。
「いいんですか?」
無邪気に尋ねてから、紙袋にそれらを入れて渡す。女性はまた眉をしかめている。泣きそうな顔にも見える。幸福について考えることを忘れている。遠い過去について考えることにすり変わっている。
最後に女性はPを憎らしく思う。それをPにぶつける代わりに、店を出るとき、こちらを見上げて強い視線を送る。憎しみのこもった視線である。
それから床を穿つような音を立てて、赤いピンヒールが夜へと出て行く。Pがにやにやとこちらを見る。私はPを睨みつける。とんだとばっちりだと、肩を竦める。それから模型飛行機の羽根の角度について、しばし頭を悩ませる。
最初のコメントを投稿しよう!