case3

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case3

 Pを訪ねて客が来る。心根の優しそうな青年である。おっかなびっくり入口を通る。お化け屋敷にでも踏み込んでしまった風である。Pは手紙を書く手を止めて、書き物机から音も立てずに立ち上がる。青年は真正面からPを見て、痛手を受けたような顔になる。 「いらっしゃいませ。」 Pは艶然と微笑んでいる。青年はしばらく声もなく佇む。心底驚いている。こんな美しい微笑は見たことがないのである。 「何にいたしましょう?」  Pはゆっくりと発音する。まろやかな声である。小さな唇が薔薇色に塗られている。 「ええと、ここは今必要なものが手に入る店だと聞いたんだけれども。」  Pは深く頷く。後ろに下ろしていた髪が、ゆらりと胸に落ちかかる。 「ええ、そのとおりです。」  青年はますます落ち着かない。呼吸が速くなっている。 「でも果物屋と看板が出ている。」 「ええ。」  Pはゆったり寛いでいる。青年が落ち着かなくなるほどに、寛ぐ風情が増している。 「その、よくわからないな。」 「それがいいんです。」  Pは再び座って、書き物机に肘を突く。組んだ両手に顎を乗せる。上目遣いに青年を見る。 「それで、あなたに今必要なものって何かしら?」  青年は言い淀む。そんな言葉を口にすることに慣れていない。Pはアーモンド型の目で、青年を見つめ続ける。その躊躇を味わっている。 「愛。」 「愛?」  鸚鵡返しにされて青年はたじろぐ。変な男だと思われたのではないかと心細くなる。Pは安心を青年に贈呈するみたいに、唇の端を持ち上げる。 「それはいいわ。」 「いい?」  青年は聞き返す。意味を計りかねている。謎めいているのは苦手なのだ。助けを求めるように視線を彷徨わせる。こちらをちらりと見る。それから、これでは助けにならないと、結局Pを見下ろすことになる。その一連の動きを、Pは目で追っている。やがてPは口を開く。 「だって、愛は誰にだって必要なものだもの。」 「そうだろうか?」  Pは再び立ち上がる。コバルト色の便箋が一枚床を滑る。Pはそれを放っておく。 「そう、あなたにも、私にも。」  そう言って、Pは闇へと消えてしまう。残された青年が床を追っていって便箋を拾う。表に返すと、白いインクで文字が書かれている。英語の筆記体にも見えるが、知らない記号が混ざっている。それを不審に思う余裕が青年にはない。便箋を机に戻したところで、もうPは戻ってくる。
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