case5

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case5

 Pを訪ねて客が来る。金曜日の夜に大抵立ち寄る先生である。迷うことなくのしのしとやって来る。迷うことをよしとしない。明確なことが好きなのである。 「お嬢さん、苺、あるかな。」  小気味いいのはPも好きだ。Pは書き物机から、ぱっと立ち上がる。 「お嬢さん、って歳でもないですけど。」  Pは恥じらうように顔を染める。暗がりに消えたかと思うと、もう戻っている。盆には瑞々しい苺が一パック載せられている。 「相変わらず手早いねえ。」  先生はPを褒める。Pははにかむ。盆を書き物机の縁に置く。まだフレアスカートの裾が揺れている。 「うちは果物屋ですからね。果物を用意することにかけちゃ早いんですよ。」 「そりゃ、違いねえ。」  Pは胸を張る。ビニール袋にパックごと苺を収める。 「ややこしい注文でなしに、ストレートに果物が欲しいって言ってくれるお客さんは有難いですから。」 「果物屋でそれ以外のもん、注文する客がいるのかい?」 「それはたくさん。」  先生は首を捻っている。見当もつかないのである。つかつか戻って戸口から顔を出す。珈琲色のネクタイがぶらんと揺れる。それからPの近くに帰ってくる。 「あなたに今必要なものを提供します。」  先生は表の看板に書かれている言葉を暗唱する。Pはそれを面白そうに見つめている。 「だから、俺に今必要なのは苺なんだって。」 「それって素敵。」  Pはころころと笑う。先生はまだ納得がいかない。それでもPに釣られて笑う。それからこちらに目を移す。おーい、と言いながら手を振ってみせる。サービス精神旺盛なのである。
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